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保守論壇よ、目を覚ませ! 「右派プロ市民」に操られた日本会議の正体

保守論壇よ、目を覚ませ! 「右派プロ市民」に操られた日本会議の正体

菅野完(著述家)

先の参院選では、与党が勝利を収めた。その結果、自民党・公明党・おおさか維新などを含むいわゆる「改憲勢力」は衆参両院合わせて三分の二を占めたことになる。いよいよ「憲法改正」の現実味が増して来た。

護憲派の一部は、「安倍政権は改憲の意図を隠して参院選に臨んだ」と、与党側の選挙戦略を批判する。しかし実際には、自公連立与党及び官邸サイドは、あからさまと言っていいほど明確に「改憲の意思」を選挙期間中に表明しつづけてきた。

確かに安倍首相を含む与党幹部が、選挙応援演説で「憲法改正」に言及することはほとんどなかった。だが安倍首相は、選挙期間中に開かれた全ての党首討論会で「改憲は自民党の党是」「隠しているどころか、自民党は憲法草案まで示している」と、再三にわたり野党党首たちに言明している。こうした言動を踏まえると、護憲派からの「改憲隠し」批判は的外れと言わざるを得ない。紛れもなく「改憲」は参院選の争点だった。

政権周辺は参院選の前から、改憲への意欲を明確に表明してきた。春の国会で安倍首相は、民主党(当時)・大塚耕平議員の質問に「(憲法改正は)私の在任中に成し遂げたいと考えている」と明確に述べてもいる。その後発生した熊本地震に際し、記者会見に臨んだ菅官房長官は、災害発生時などの非常事態に際し首相に権限を集中させる「緊急事態条項」を憲法に新設することについて「極めて重く大切な課題だ」と述べてもいる。「参院選の党首討論」という非公式な場だけでなく、国会や記者会見など公式な場でも、政権周辺は明確に「憲法改正」に言及しているのだ。
こうした「改憲運動」は、政府・与党だけでなく、今、民間でも高まりつつある。その担い手が、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」だ。今年の正月。各地の神社で「改憲署名」が集められている光景が話題となった。あの署名運動を展開している団体こそ、この「美しい日本の憲法をつくる国民の会」に他ならない。同会の共同代表は櫻井よしこ(ジャーナリスト)、田久保忠衛(杏林大学名誉教授)、三好達(元最高裁判所長官)の三氏。
日本会議の集会で講演する百地章氏 この三氏のうち、櫻井よしこ氏を除く二氏には、「日本最大の右派市民運動」と称される「日本会議」の会長職を務めたという共通点がある。田久保氏と三好氏だけではなく、その他の役員メンバーを見ると、事務局長の椛島有三氏(日本会議事務総長・日本青年協議会会長)、幹事長の百地章氏(日本大学教授・日本会議政策委員)など、日本会議関係者によって要職が占められているのがわかるだろう。これを見れば明らかなように同会は実質的に「改憲運動における日本会議のフロント組織」だ。
日本会議の設立は1997年。その後20年間、日本会議は多岐にわたる運動を展開してきた。その中には「国旗国歌法の制定」「教育基本法への『愛国条項』の挿入」など、国政レベルで法制化を実現したものも多い。また国政のみならず地方自治体レベルでも、「男女共同参画条例反対運動」や「性教育反対運動」など活発な運動を展開している。こうした運動を、日本会議が「日本会議」の名前で展開することはない。必ず、それぞれの運動に応じた「フロント団体」が設立され、個別の運動はその団体の名義で展開される。

例えば、日本会議が長年にわたって取り組んでいる「夫婦別姓反対運動」と「男女共同参画事業反対運動」は、「日本女性の会」という団体を通じて展開されてきた。また、前掲の「美しい日本の憲法をつくる国民の会」が改憲運動のフロント団体であることなども、その典型的な事例だろう。「美しい日本の憲法をつくる国民の会」における櫻井よしこ氏がそうであるように、それぞれの団体には、その運動分野で著名な文化人や有識者が「団体の顔」として担ぎ出される。したがって、運動用フロント団体の代表者の顔ぶれは団体によって違う。だが、事務局は別だ。どの運動のどの事務局も、全て、日本会議事務総長を務める椛島有三氏によって差配されている。

「代表者はお飾り。実権は椛島有三が握る」という図式は、本体である日本会議そのものにも及ぶ。日本会議の本部事務局は、目黒区青葉台にあるオフィスビルの6Fに入居しているが、同じビルの同じフロアには、椛島有三氏自身が代表を務める「日本青年協議会」なる団体の本部事務所も同居している。とある内部協力者は、「日本会議と日本青年協議会の事務所は住居表示としては部屋番号が違いますが、実態は同じ部屋。間仕切りも何もない。日本会議の専従などおらず、日本青年協議会の専従が日本会議の仕事をしているのです」と語ってくれた。つまり、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」が日本会議の改憲運動用フロント団体である前に、日本会議そのものが、日本青年協議会のフロント団体としての性格を持つのだ。
「美しい日本の憲法をつくる国民の会」や日本会議に集まる人々を見れば、櫻井よしこ氏やケントギルバート氏のようなタレントや文化人のみならず、田久保忠衛氏、中西輝政氏、西尾幹二氏など学者・研究者の名前が並び、「ただの保守系著名人の親睦団体」のように見えなくもない。だが、日本青年協議会は違う。あの団体だけは別だ。第18回公開憲法フォーラムで挨拶する櫻井よしこ氏=2016年5月3日
 
日本青年協議会(以下、「日青協」)は、新興宗教・生長の家の学生運動に発祥を持つ民族派団体。70年安保の時代に「反全学連・反全共闘」の「民族派学生運動」として誕生した。その後、母体である「宗教法人・生長の家」そのものは路線変更を経て、政治運動から撤退したが、椛島有三氏以下日青協のメンバーたちは、未だに「生長の家」の創始者・谷口雅春の思想を信奉し、谷口雅春の説いた「愛国路線」を愚直に突き進んでいる。

また、高橋史朗氏(明星大学教授)や百地章氏など日青協の幹部メンバーは、現在の「宗教法人・生長の家」に反旗を翻す宗教的原理主義団体「谷口雅春先生を学ぶ会」での活動も確認されている。日青協のメンバーは、70年代以降、弛むことなく、宗教的情熱を元に、政治運動を続けてきたのだ。

谷口雅春存命中の「生長の家政治運動」について言及される際、必ずと言って引き合いに出されるのが、「生長の家は、『帝国憲法復元改正』を唱えていた」という点だろう。確かにそれは間違いがない。谷口雅春は熱心に「昭和憲法に正統性はない。明治憲法を復元すべきだ」という主張を展開していた。だが、当時の「生長の家政治運動」が最も熱心に取り組んだのは憲法問題ではなく、「妊娠中絶反対」を主眼とした「優生保護法改正運動」だ。

「中絶は一種の殺人行為である。 法律はこれを許しても神の世界では許されない」と唱える谷口雅春の下、当時の「宗教法人・生長の家」は、苛烈に「優生保護法改正運動」に取り組んだ。当然の事ながら、その運動は、宗教法人本体の運動だけにとどまらず、学生運動にも波及する。当時の『生学連新聞』(生長の家学生運動の機関紙)では、「憲法改正」ではなく「優生保護法改正」こそが最重要課題として掲げられるのが常であったほどだ。

運動は一定の成果を見せ、当時生長の家組織候補として自民党内で有力な地位を占めつつあった玉置和郎氏や村上正邦氏の尽力もあり、国会での議論の対象にもなり、改正法案が上程されるまでにこぎつけた。しかし、こうした動きは、障害者団体や、当時勃興しつつあったフェミニズム運動の猛烈な反発を生み、ことごとく頓挫してしまう。ついに1983年(第一次中曽根内閣時代)、自民党政務調査会優生保護法等小委員会は、「優生保護法改正は時期尚早」との結論を出し、国会での法改正の道は完全に絶たれるに至った。その直後の1983年10月、生長の家は突如「政治運動撤退宣言」を出し、優生保護法改正運動のみならず、あらゆる政治運動から撤退してしまう。

かくて「宗教法人・生長の家」は83年を境にきっぱりと政治運動から足を洗ったが、先に振り返ったように、日青協は今もって当時のマインドのまま運動を続けている。「憲法改正と同等、いやそれ以上の情熱を、中絶問題にかける」「自分たちの運動の敵はフェミニストたちだ」という認識は、未だに日青協に色濃く残る。その証拠に、日青協のフロント団体である日本会議の公式サイトに掲載された「国民運動の歩み」なるページを読んでみるといい。

確かに、「元号法制化」「天皇陛下御在位20年奉祝行事」など、「愛国運動」らしい文言もあるが、何より多出するのは、「夫婦別姓反対」「男女共同参画事業反対」「ジェンダーフリー教育反対」「性教育反対」などの「女性問題」に関する文言だ。しかもことごとくが、「みずからなにか新しい価値観を提供する」という前向きな議論ではなく、「フェミニストどもが推し進めるものを押し返してやる」とでも言いたげな、後ろ向きのものばかりであるのも特徴だろう。

こうしてみると、日青協の特異さが浮かび上がる。何も「宗教だからだめだ」というわけではない。日青協のやることは常に「反対運動」なのだ。学生時代は「左翼学生運動反対」、大人になってからは「左翼とフェミニストのやること反対」。悲しいまでにかれらには独自性がない。独自性といえば、ファナティックともいうべき谷口雅春への帰依ぐらいであり、彼ら独自の思想や新機軸など何もない。ただただ「小賢しいことを言うサヨクと女どもを怒鳴りつけてやりたい」しかないのだ。これでは居酒屋で管をまくそこいらの親父と大差ない。
そんな程度の低い人物たちが、自民党の改憲工程に影響を与えるはずがない、と思いたいだろうが、現実は一般人の想像を超えて悲惨なのだ。この程度の人物たちが、「憲法改正議論」という国家百年の計に容喙してしまうのが、今の日本の悲劇というべきだろう。信じられないというのならば、官邸を見てみればいい。日本青年協議会の設立メンバーであり現在も幹部を務める衛藤晟一氏は、首相補佐官を務めているではないか。
衛藤晟一首相補佐官 国会の議論を見てみればいい。日本青年協議会の幹部である百地章氏が憲法学者として与党側の参考人招致に応じているではないか。厚労省を見てみればいい、日本青年協議会の幹部であり、学生時代は「生長の家学生連合」の代表を務めた高橋史朗氏が、男女共同参画会議の議員を務めているではないか。そして、安倍首相がビデオメッセージまで寄せる改憲運動の現場を見てみればいい、日本青年協議会のリーダーである椛島有三氏が運動を取り仕切っているではないか。
自民党の内部でさえ憲法改正に積極的ではない政治家は多数いる。メディアの世界で改憲議論をリードする保守論壇人たちも「何をどう改正するのか?」という具体論では足並みが揃わない。憲法改正が現実味を帯びた今だからこそ、今後の改憲議論は甲論乙駁の様相を呈してくるだろう。

そういう時こそ、「右側のプロ市民」である日本青年協議会の存在感が増す。彼らは今後迷走する「改憲議論」を、「これまでの運動の実績」と「高橋史朗や百地章や新田均などの組織内言論人の活用」で、綺麗にまとめ上げてくるだろう。そして議論の落とし所として「憲法9条改正や緊急事態条項は国論が二分し通りにくいため、まずは「家族の価値」という合意を得やすい論点から改憲を狙いましょう」などと言い出すはずだ。

その萌芽はすでにある。『正論』4月号が「憲法のどこを改正すべきか」というアンケートを実施した際、ほとんどの識者が「9条2項」や「前文」と答える中、ひとり高橋史朗氏だけが「憲法24条を改正し、家族の価値を盛り込むべきだ」と答えている。おそらく日本青年協議会はこの路線で、「保守論壇の意思統一」を図ろうとしてくるはずだ。彼らのいう「家族の大切さ」など、「自分たちが信奉する谷口雅春先生がそうおっしゃたから」という彼らの宗教的来歴に由来するものでしかないのは明らかだ。

更に言えば、その考え方は「社会の構成単位は個人である」という、思想的陣営の左右関係なく皆が前提とする「近代」の土俵を完全に否定するものでしかない。こうした程度の低い前近代的な文言が改憲ののち憲法に含まれる方が、憲法9条2項の存在よりよほど国辱的である。

これ以上、保守論壇人は日本青年協議会に惑わされてはいけない。彼らの運動は信仰運動の一環に過ぎない。自らの正体を隠し人を操る様はまさにカルトとしか言いようがないではないか。改憲議論が本格化する今こそ、保守論壇はきっぱりと日本青年協議会一派と決別し、自浄能力のあるところを見せる必要があるだろう。

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