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天皇、皇后両陛下が太平洋戦争の激戦地・パラオを8日から訪問し両陛下がペリリュー島で慰霊碑に献花すする両陛下には本当に頭が下がります

天皇、皇后両陛下が太平洋戦争の激戦地・パラオを8日から訪問し両陛下がペリリュー島で慰霊碑に献花すする両陛下には本当に頭が下がります。

戦後70年、日本の総理大臣や閣僚も天皇陛下が行かれない靖国神社などでは無く、激戦地で無くなった南方の島々を慰霊してもらいたいものです。



父が眠るパラオへ 札幌・平尾さん、両陛下慰霊に合わせ

(北海道新聞)



「 パラオ に眠る父も待っており、きっと喜んでくれる」―。天皇、皇后両陛下が太平洋戦争の激戦地・パラオを8日から訪問するのに合わせ、札幌市豊平区の主婦平尾富士子さん(73)は1946年に日本へ引き揚げて以後初めて、生まれたパラオを訪れる。戦時中、現地の部隊で栄養失調により41歳で病死した父を弔い、両陛下がペリリュー島で慰霊碑に献花する9日には沿道で出迎える予定だ。

 

平尾さんの実父、長野敦さんは35年(昭和10年)、東旭川村(現旭川市)から一家13人でパラオ本島(現バベルダオブ島)の「ガルドック(のちに清水村)」に入植した。清水村ではパイナップル、スイカなどを栽培。子煩悩の敦さんは、背中に子供をおぶって畑仕事に汗を流した。

 

38年に撮られた写真では、敦さんと長男の力一さんが収穫したパイナップルを抱えている。写真の裏には、敦さんの直筆で「遠くに見えるは之より開かんとする山林なり」と意欲が記されている。

 

だが41年の対米開戦とその後の戦況悪化で、生活は打ち砕かれる。敦さんは44年、現地の部隊に召集され兵隊となった。パラオ本島は米軍に制空権と制海権を握られ、コメなどの食料事情は日に日に悪化した。軍人やジャングルに疎開した民間人は飢えに直面。本島周辺の陸軍の戦死者650人に対し、病死者は3・5倍の2306人に上った。

 

45年に入り、敦さんが突然家に帰ってきた。頑強だった体は痩せ、足はぱんぱんに腫れ、おなかが膨れていた。着ていた軍服の胸ポケットには、トウガラシの一種の「鷹(たか)の爪」が数本入っていた。

 

「部隊から逃げてきたんです。あんな辛いもの普段は食べないのに、極限の飢餓状態だったのでしょう。覚悟を持って子供たちに会いにきた父のことを思うとかわいそうで」。富士子さんの目から涙がこぼれた。

 

敦さんは部隊にすぐに連れ戻された。家を出る時、弱った体で4歳の富士子さんを抱きしめた。これが「父の最後のぬくもり」となった。終戦後の10月12日、敦さんが亡くなったとの連絡が入った。

 

今回、両陛下が訪問すると聞き、富士子さんは「迷わずパラオへ行くことを決めた」。6日に敦さんの遺影を持って新千歳空港 を出発、8日にペリリュー島に渡る。「戦後70年の節目に、遺族の一人として両陛下と同じ空間に立ち会えることがうれしい」と話す。

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