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いま、多くの日本国民の感覚に反し、かつ、多くの日本国民が望んでもいない、“自民党300議席超え”という現実が起ころうとしている

“自民300議席超”への素朴な疑問

永田町徒然草 白川勝彦14年12月10日

日本国民の約半数の人々が、「毎日毎日、テレビや新聞で“自民党300議席超え”と報道されているが、どうしてなのだろう?」と思っている。それが、普通の感覚なのである。いま、多くの日本国民の感覚に反し、かつ、多くの日本国民が望んでもいない、“自民党300議席超え”という現実が起ころうとしている。そのカラクリは、こうである。

有権者の25%の人々を取り込んでしまえば、衆議院495議席の3分の2が取れるという“システム”があるからだ。そのシステムとは、いうまでもなく“小選挙区・比例代表並立制”という選挙制度だ。いまこの場で、小選挙区・比例代表制という選挙制度の是非を論じるつもりはない。日本国民は、この制度を作り、そして、厳然としてここにあるのである。

この制度の中で、安倍・自公“合体”体制側の候補者に投票すれば、“自民党300議席超え”という恐ろしい結果が、現実になるのである。そういう中で「何が何でも私は安倍・自公“合体”体制側の候補者に投票する」いう人々に対して何を言っても、虚しい気になる。ファッショというのは、いつも全体主義的で、反自由主義的、非論理的で、なおかつ反文化的であったと、歴史が教えている。

安倍・自公“合体”体制は、“全体主義的で、反自由主義的な思想”と“非論理的で反文化的な手法”で、25%の有権者を取り込もうとしている。マスコミがその先頭に立って、その役割を果たしているのだ。本来、コミニュケーションは極めて人間的営為であるが、マスコミニュケーションは、時として非人間的な行為をしてきた過去がある。商業的マスコミニュケーションは、よほどしっかり監視しないと、そういう行為を行う危険性がある。

わが国のマスコミは、いまや安倍・自公“合体”体制の僕 ( しもべ )に成り下がっているのが実情である。“陰に陽に”という言葉があるが、わが国のマスコミは、昔から“陰に”政権の僕として、その役割を果たしてきた。しかし、平成24年の前回の総選挙から、“陽に” ─ すなわち、積極的にその役割を果たすようになった。このことを、日本国民は銘記しなければならない。

今回の解散・総選挙から、わが国のマスコミは、安倍・自公“合体”体制の僕として日本国民をその陣営に取り込むべく、露骨かつ攻撃的に、その役割を果たしている。太平洋戦争の際に、大本営発表を垂れ流した時と同じようだ。多くの人々を、長く騙し続けることはできない。しかし、多くの人々を一時的に騙すことはできる。彼らは、12月14日まで騙せれば、それでよいのだ。だから、マスコミは、“反自由主義的かつ反文化的”な宣伝工作に狂奔しているのだ。

以上が、冒頭の疑問に対する私の回答である。私は、日本国民の25%の人々が“全体主義的で反自由主義的”だ、とは、絶対に思っていない。これは、私が長い政治生活の中で培ってきた、国民観である。しかし、一瞬だけなら、国民がそのようになることはあり得るとも思っている。ブッシュ大統領がイラク戦争を仕掛けた時は、アメリカのみならず、多くの国の国民が騙されたではないか。

覚醒した日本国民に求められているのは、“自由主義的かつ論理的・文化的”な行動である。安倍・自公“合体”体制と、その僕であるマスコミが行っている攻撃に立ち向かうことである。敵は、大量の物量戦かつ空襲攻撃だ。こちらは、鉄砲でこれを撃ち落とすしかないのだ。しかし、ベトナム人民は、これで打ち勝ったのだ。私たちも恐れずに、智慧をもって戦おう。

今日は、このくらいにしておこう。それでは、また。


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