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石破幹事長は元々自分の意見にしたがわない民衆を馬鹿にして、取り締まりたいと常に考えているでとても危険な政治家です

デモをすれば自分のブログにテロと書きそれが批判されれば、デモの騒音は民主主義では無いと批判する石破幹事長は元々、風見鶏小者政治家です。自分のブログに書いて非難が出たから修正して、その後デモを批判すると云うのは、自分の意見にしたがわない民衆を馬鹿にして、取り締まりたいと常に考えている人間のやる事です。今回は、その本心が出た発言でとても危険な政治家です。

元々この秘密保護法は外交防衛機密に絞るもので、30年経ったら公開が原則の法律でなければなりません。その法律の中にテロを対象にしては、時の権力者にとって都合の悪い事が暴露されそうに成った時や対立する政治家を抹殺しよう考えた時に全てがテロ行為とみなして抹殺されてしまう恐れがあります。原発反対集会に出ている人々はほとんど公安がリストを作っていると言われていますので、ある日突然この法案でテロ行為を画策しているとして逮捕される可能性があるとても危険な法案と云う事が、今回の石破幹事長の行為が逆に馬脚を現してくれる事に成り、危険な法律と云う事が一層はっきりしました。

この法案が成立すれば本当にデモがテロと解釈されかねない事は明らかです。デモで「絶叫」を批判するなら選挙運動で、最後のお願いと絶叫する事もテロ行為と云う事に成るのでしょうか。実際に、候補者の演説や選挙カーの大音量に泣きだす子供もいるのは事実です。そんな事も理解できない人間が与党の幹事長にい続ける資格は有りません。

石破氏発言 デモすればテロなのか

(北海道新聞社説12月3日) 

国民統制強化の本音が漏れたと考えざるを得ない。自民党の石破茂幹事長が自身のブログで、特定秘密保護法案に反対する市民団体らのデモを「単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらない」と批判した。主権者である国民の意思表示をテロに例えるとは驚いた。部分的な発言撤回を表明したが「綸言(りんげん)汗のごとし」と言うように、政治指導者の言葉は一度外に出たら取り消せない。

 

衆参両院で過半数を占める巨大与党の幹事長の発言として極めて不適切であり、到底見過ごせない。表現の自由などの国民の権利より国家を優先する政府・与党の基本姿勢の表れではないか。参院で審議中の法案の中にもその考えがちりばめられている。危うさに満ちた法案の廃案をあらためて求める。政治に異議申し立てをするのは言論の自由、音を鳴らすデモは表現の自由として保障される。国民はこれを乱用してはならず、「公共の福祉」のために利用する責任を負うというのが憲法の考え方だ。

 

国会周辺での騒音には、すでに規制する法律や条例がある。デモがそれに違反しているなら処罰されるはずだ。石破氏は現状に満足せず、さらに規制強化すべきだと言う。「大音量で相手に恐怖の気持ちを与えてはならない」とも主張する。だが、衆院で審議を尽くさず、数の力で強行採決した与党の国会運営の方が暴力的だ。国会の前で抗議する市民団体の憤りは理解できる。「絶叫戦術」で思い出すのは選挙運動だ。候補の演説や選挙カーの大音量に泣きだす子供もいる。これもテロに通じるというのだろうか。

 

石破氏の発言には自民党の体質がのぞく。憲法改正草案で「公共の福祉」を「公益および公の秩序」に言い換え、国民の権利をさらに制限しようとしている。視野にあるのは国と国民の関係を逆転させる改憲だ。「特定秘密」にはテロ情報も含まれる。法案が定義するテロには「政治上その他の主義主張に基づき、国家もしくは他人にこれを強要」する活動も含まれる。成立すれば本当にデモがテロと解釈されかねない。しかも秘密の指定を行うのは政府だ。原発問題など含め政府へのあらゆる抗議行動が制限されないか。石破氏の発言は拡大解釈の余地を残した法案の問題点を浮き彫りにした。

 

石破氏はブログから「テロ」の表現は削除したが、「本来あるべき民主主義の手法とは異なる」と、デモ批判の姿勢は変えていない。野党各党は激しく反発している。国会議員ならネットで一方的に主張するのではなく、開かれた国会の場で堂々と議論してはどうか。


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