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原発事故と米軍の事故は常に安全ばかり強調して事故が起きた時の対策を全く議論して来ませんでした

原発事故と米軍の事故は、常に安全ばかり強調して、事故が起きた時の対策を全く議論して来ませんでした。それは、事故が起きたらと云う議論は、受け入れが困難に成ると云う理由から行われて来ませんでしたが、これは危機管理を放棄した事です。

(北海道新聞2013・6・19)
「事故対応の細かな議論はしていない。そんな話をしたら、事故が起こることが前提になり、受け入れ容認は無理だった」

▼これは、おとといの本紙朝刊に載ったある町議会関係者の話。さて、このコメントからどんな“事故”が思い浮かぶか?「原発事故」―と答える人がいてもおかしくはない。国や電力会社は「安全」ばかりを唱えて、事故の危険性を覆い隠し、立地を説得した。地元自治体や議会も事故時の対応を突き詰めて考えていなかった

▼すでにお気づきの方も多いだろう。冒頭の言葉は矢臼別演習場での米海兵隊実弾射撃訓練に関するもの。「原発」と「米海兵隊訓練」。“受け入れ”をめぐる状況は驚くほど似ている

▼ではもう一つ。「再開をめぐる意思決定は道が道民の意見をくみ上げるような方法ではなかった。(中略)自治体の声を吸い上げ、議論を深めるべきだった」

▼こちらは2年前の夏、泊原発3号機の営業運転再開を容認した高橋はるみ知事の対応を批判する識者談話。演習場外着弾という、あってはならない事故後、訓練再開の一方的通告に明確に反対しなかった今回の知事の姿勢が二重写しになる

▼以前、当欄は「『国が、国が』と国まかせにしている人は、結局は、責任も国に押しつける」と書いた。遠からず訪れる泊原発再稼働の是非をめぐる論議でも、「国が…」は“再演”されるのか。


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