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「原発をやめよう」「これ以上核のごみを増やすな」と声を上げることが次世代への責任を果たすためにせめて私たちにできること

 「原発をやめよう」「これ以上核のごみを増やすな」と声を上げることが、次世代への責任を果たすためにせめて私たちにできることだと作家 池澤 夏樹氏は述べていますが、私たちは何故この事を素直に受け止められないのでしょうか。

撤退戦略一刻も早く 作家 池澤 夏樹 (北海道新聞)
(作家 池澤 夏樹氏 帯広市生まれ。88年芥川賞受賞。札幌在住)

原発は原理的に安全ではない。その点をまず強調したい。原子炉の内部でできる膨大なエネルギーだけを取り出し、同時に発生する放射性物質は外へ漏らさないという仕組みにそもそも無理がある。
 
東京電力福島第1原発事故から2年たっても、事故原因の分析や事故対応の検証に終始しすぎている。いくら対策を講じても安全な原発は造れない。それ以上に「原発は人の手に負えない」という原理論で考えるべきだ。

桁違いの力

原子力は桁違いに巨大なエネルギーだ。現在の大型ジェット旅客機は約160トンの燃料を積むが、同じエネルギーを原子力で賄うなら10グラムで済む。そこには7けたの違いがある。そんな大きな力を人間は制御できない。
 
原発の始まりは原爆だった。ダイナマイトでご飯を炊かないのと同じように、たかが電気をつくるのに原発のような危なっかしい技術を使う必要はない。電気は他の手段でつくることができるのだから。
 
核燃料と言っても原子炉の中で何かが燃えるわけではない。燃えなくても熱が出る。原発を車に例えれば、必要なのはブレーキだけでエンジンはいらない。ブレーキを緩めると動きだし、放っておくと暴走する。ブレ一キをいくつ付けても全部壊れることがある。

すると放射性物質がとめどなく出る。どんな毒とも違い、これは燃やしても消えない。こんなに危ないものを世界中で何百基も建てて、何十年も安全に管理するのは不可能だ。事故はゼロにできない。事故が起こった場合の被害が桁違いに大きいので、原発は割に合わない。だからやめたほうがいい。

国にも電力会社にも事故を想定する想像力がなかった。態像力の欠如という理由だけでも彼らに原発のような 巨大装置を勤かす資格はない。今の政府や電力会社程度の想像力や倫理観で、私たちの生命や未来さえ脅かす原発を運転されてはたまったものではない。

いったん原発を造れば後は動かせば動かすほどもうかる仕組みだから、原発はなかなか止まらない。自然エネルギーを普及させるより、今ある原発を使う方が楽だろう。でも、それは知的な怠惰だ。
 
茨城県東海村で原発のPR施設を見学したことがある。もちろん「安全だ」と説明された。原子炉は「固い」「厚い」「頑丈な」容器で覆っているという。過剰な形容詞で塗り固めた裏に欺瞞があると感じた。言葉が軽く扱われすぎている。
 
倫理に反するという点では核のごみの問題が深刻だ。原子力の恩恵を受けない未来の世代には、核のごみはただ危険なだけのものだ。こんなに地震の多い国で地下に埋めるなんて絵空事だし、そもそもどこが受け入れるのか。コンクリートだって使い始めて数百年しかたっていない。千年、万年単位でどう劣化するか分からない。

将来に責任

核のごみの行き場がないことは原発を止める大きな理由になるはずなのに、いずれ技術的に解決策が見つかるだろうと問題を先送りしてきた。電力会社と私たちとの構図で私たちに責任はないが、将来世代に対しては、私たち一人一人に責任がある。
  
「原発をやめよう」「これ以上核のごみを増やすな」と声を上げることが、次世代への責任を果たすためにせめて私たちにできることだ。一刻も早く原子力から撤退する戦略をつくろう。それは未来への責任でもある。

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