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パソコン生産を国内回帰 NECが「脱・中国依存」

海外進出が日本企業の生きる道と言われてきましたが、もの作り日本の再生がこのNEC米沢事業場にヒントが有る様です。

パソコン生産を国内回帰 NECが「脱・中国依存」
(日経新聞1月28日)
製造リショアリング(再上陸)――。ものづくりの拠点を自国に戻す動きが、日米で目立ってきた。空調製品の米スアレスやキャンプ用品の米コールマンが中国から米国に製造拠点を移管。米NCRや米キャタピラーにも同様の動きがある。

背景にあるのは、「世界の工場」と呼ばれてきた中国の異変。人件費高騰や人手不足、さらには技術流出が、深刻な問題になりつつある。ただ、日本企業がリショアリングに踏み切るなら、円高が続く中、依然として数倍違う人件費の壁を乗り越えねばならない。NECブランドのパソコン事業を担うNECパーソナルコンピュータ(NECPC)の取り組みに、答えの1つがある。NECPCでは、米沢事業場が中国レノボ・グループの中国工場から生産の一部を取り込み、存在価値を高めようとしている。

同拠点は、国内生産に強くこだわる思想を持った、トヨタ生産方式の伝道者の教えを受け、「少人数で多品種を短納期(少・多・短)で生産する力」に磨きをかけてきた。その結果、需要の急変に強いものづくりを実践できている。だからこそ、日中の人件費格差を考慮しても、リショアリングに踏み切れる。
 
NECグループにおける国内パソコン生産の拠点で、年間160万台以上を作る山形県の米沢事業場。世界でも例を見ない約30年のパソコン生産実績があるこの場所で、2012年秋から試験的にレノボ・ジャパンのノートパソコン「ThinkPad(シンクパッド)」の生産が始まる──。2012年7月に流れたこのニュースは、多くのものづくり企業の注目を集めた。
 
その理由は何も、かつてのIBM製品をNECが生産することになったからだけではない。米沢事業場のものづくりが、2011年7月にNECと提携したレノボ・グループから評価され、中国生産するパソコンの一部を日本に移すという英断が下されたからだ。

まっすぐに延びるパソコンの組み立てラインでは、3人1組の作業者がリズミカルに両手を動かす。若月統括マネージャーはその姿を常に観察するパソコン生産の多くが中国や台湾に移った現実を考えれば、日本回帰を象徴するThinkPadの米沢生産はリショアリングの大きな一歩といえる。

■レノボが評価、米沢でThinkPad生産へ
中国企業であるレノボとの提携で、当初米沢では「パソコン生産の中国移管がさらに進むのでは」と不安がる声が出た。だが実際には逆で、中国から日本への生産移管が現実味を帯びていった。提携直後から、レノボの幹部が相次いで米沢を訪問。彼らは、米沢が10年以上にわたって続けてきた生産改革の成果を目の当たりにし、現場で「エクセレント!」と声を上げていたからだ
 
レノボ幹部が米沢で見たものは、人海戦術に頼る中国生産とはまるで違う、少・多・短のものづくりだった。部屋の奥まで見通せる、まっすぐに延びた生産ラインに3人1組の作業者が並び、リズミカルに両手を動かす。部品を供給する無人搬送車は一定間隔で巡回し、配膳していく。すし詰めの作業者も無駄な動きも全く見られない。
 
米沢で生産する法人向けパソコンは顧客企業の細かいバリエーション要求に合わせ、受注モデル数が半年で2万種類に分かれる。それでも業界最短の受注後3日で届ける超短納期を実現している。2009年には2000年度比で生産性が8倍以上になった。同社はこれを「米沢生産方式」と呼ぶ。
 
NECPCの若月新一プロセス改革推進部統括マネージャーは謙虚な姿勢で見学者に接しながらも、内心は「10年に及ぶ生産改革が凝縮した我々の工場が中国に負けているはずがない」と思っている。事実、レノボの幹部は「これが日本のものづくりか」と驚愕する。だからこそ、人件費が高い日本でThinkPadを生産しても割に合うと考える。ThinkPadも日本で作れば、5日で納品できるという。中国で作って日本に運ぶ場合の半分だ。

■チャイナプラス1に続く第3の道が存在
翻って中国に目を向けると、世界の工場と呼ばれる中国沿岸部は雲行きが怪しくなってきた。人件費の高騰や出稼ぎ労働者のつなぎ止めの難しさが問題になっている。無理に人を集めようとすれば人件費はさらに跳ね上がるし、人がコロコロ入れ替われば習熟は進まず、品質が安定しない。複雑な生産は無理だ。教育コストもかさむ。

中国生産のリスク回避のために確保したい3つの選択肢
 
沿岸部の変化に気づいた企業の動き出しは早かった。より人件費の安い内陸部にものづくりの拠点を移すか、中国よりもさらに安い労働力を求め、東南アジアに生産を移管し始めた(右図)。東南アジアの国々に、中国に次ぐ第2、第3の工場を構える動きは「チャイナプラス1」と呼ばれ、大きなトレンドになりつつある。
 
中国内陸部を目指すか、チャイナプラス1を進めるか。どちらかの選択を迫られ始めた今、レノボのように日本に移すという「第3の選択肢」を持つことは大きな強みになる。ただし、そこでは国内での突出したものづくりが不可欠になる。

ここで強調したいのは、リショアリングという3つ目の選択肢を持つことは柔軟性を高め、同時に強いものづくりとは何かを再検証する絶好の機会になるということだ。 特に日本で消費する製品を生産・販売する企業は今後、リショアリングから目を背けられなくなる。海外から製品を運べばリードタイムは長く、物流費の負担ものしかかる。当然、すぐには製品が手に入らないから販売機会損失を生むリスクも増加。それを無理に避けようとして在庫を積み増すと、今度は在庫リスクを負う。圧倒的に中国の人件費が安かった時代はそれでよかったかもしれないが、今後はそうも言っていられない。
 
とはいえ、リショアリングは簡単ではない。日本の人件費が中国の5~6倍だというのなら、日本では5~6倍の生産性を実現し、作業者の人数を抑えなければ立ち向かえない。そこに果敢に挑んだのがNECPCの米沢事業場だ。同社は中国にも工場があるから、中国の実情を分かっている。

■多品種を混ぜて作ってもビクともしない
NECPCの米沢事業場は、2000年から生産改革を始めた。指導者は、岩城生産システム研究所(埼玉県東松山市)の岩城宏一氏である。岩城氏は「改善活動のプロ」として工場指導を手掛けた。産業競争力の強化のために日本でのものづくりにこだわった人であり、変動に強い平準化生産を提唱し続けた。
 
トヨタグループ出身の岩城氏は、トヨタ自動車の張富士夫社長(当時)の推薦でNECグループにやって来た。NECPCの米沢事業場では、まず多品種のため、コンベヤーは使わず、「かんばん」による後工程引き取り(後ろの工程の担当者が、前の工程の担当者に、どんな部品をいつどれだけ必要かについて「かんばん」と呼ぶツールで伝達。それに応じて前工程担当者が部品を作る)を採用した混流生産にした。次に、混流生産をやり切れるだけの多能工をそろえた。そして短納期。調達先をかんばんとルート便で結び、部品を1日に多回納品してもらう。
 
米沢事業所では現在、部品の調達サイクルを30分で回し、同じ30分サイクルで製品が工場を出て行く。調達と製造を等間隔の時間で行えば、在庫を膨らませずに済む。若月統括マネージャーは「部品の納入から製品の出荷までが30分サイクルでつながる完成度はどこにも負けない」と話す。需要がブレてもビクともしない。作業が平準化されたライン設計になっている。

リショアリングに踏み切ったNECパーソナルコンピュータの国内拠点(米沢事業場)の特徴
 
ライフサイクルが3~4カ月と極端に短いパソコンは、在庫は値引きにつながり命取りになる。鮮度管理は必須で、それを30分サイクルで実施する。かんばんや工程管理に無線ICタグ(RFID)を使って自動一括検品し、部品を多回納品する際の手間も省く。
 
現地現物が信条の岩城氏は指導会当日、いつもライン後方に立ち、作業者の肩の並びを観察していた。若月統括マネージャーも、ラインの後ろに立ってよく見るように言われた。そして作業者が不自然な肩の動きをしていないか確かめた。また岩城氏は、作業者の手待ちにことのほか厳しく、「作業者が手待ちすることなく、フルワークで動けるように改善しなさい。作業者の人生を無駄にするな」と“活人”を説いた。それが岩城氏の考える“働く”だ。米沢のラインは作業者が1台組み立て終わると、待たずに次の製品が来る状態になっている。これがリショアリングを可能にする強いものづくりである。
 
なお、トヨタ生産方式の生みの親である大野耐一氏から教えを受けた最後の世代である岩城氏は、2012 年1月に他界した。しかし、教え子たちは立ち止まっていられない。日本回帰は岩城氏が最も望んだことでもあるからだ。指導で引っ張りだこだった岩城氏に「何とかうちもお願いしたい」と頭を下げる経営者たちに、岩城氏は「本気で日本に生産を残したいのか」と詰め寄った。相手がうなずくと「それならお手伝いする」と言って快諾した逸話があちこちに残っている。

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