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もはや取り調べの全面可視化しかない  田中良紹 国会探検

. .このニュ-スほど怒りがこみあげた事は始めてです。怒りの対象は遠隔操作した犯人に対してではなく、無実の人間を自白させた公権力に対してです。私も記事にしましたが
田中良紹氏も怒っているようです。

田中良紹のもはや取り調べの全面可視化しかないを転載します 

遠隔操作ウィルスなどを使って他人のパソコンから犯罪予告を行った事件が波紋を広げている。現代では知らないうちに自分のパソコンが「乗っ取られ」、他人の犯行に利用される恐れがある。誰でもが犯人に仕立て上げられてしまうのである。
 
その犯行の犠牲者が5人いる。そのうち4人は逮捕され、1人は大阪地検によって起訴までされた。全員が身に覚えのあるはずもなく、犯行を否認したが、その中の2人は後に捜査機関に犯行を認める供述をした。
 
「就職試験を落ちたのでむしゃくしゃしていた。不採用の知らせを受けた当日にやった」とか、「楽しそうな小学生を見て、自分にはない生き生きさがあり、困らせてやろうと思ってやった」とか犯罪予告の動機を語ったとされる。それは取り調べを担当した捜査機関の見事な空想の産物である。
 
なぜなら真犯人と見られる人物からTBSや弁護士にメールが送られ、4人の犯行でない事が分かってきたからである。真犯人の狙いは日本の捜査機関を誤認逮捕に誘導する事にあったとメールには記されている。逮捕された4人にとって誠に許しがたい事件ではあるが、これによって日本の捜査機関のサイバー犯罪に対する能力と、取り調べの悪弊が露呈された。
 
捜査機関は犯罪予告の発信元のパソコンを特定したところで強制捜査に踏み切った。しかしそのパソコンが遠隔操作されていた事を見破ることは出来なかった。パソコンを有力な物証とみて、あとは自供させる事に力を入れた。被疑者が否認すればするほど自供を迫る取り調べは厳しくなる。
 
日本の捜査機関は頑強に否認を続ける被疑者に対し、自分たちが考えたシナリオを無理矢理に押し付けて認めさせる手法を使ってきた。被疑者がいくら違うと言っても聞く耳を持たず、シナリオを認めなければ、本人の将来はもちろん、家族や周辺にも害が及ぶと脅して認めさせるのである。被疑者はよほどの精神力がない限り精根尽き果てて嘘を認めるようになる。
 
今回も捜査機関はその悪弊を繰り返し、無実の人間を嘘の供述に追い込んだものとみられる。問題は現在の検察が根本的な「改革」を迫られており、その中心は「供述調書至上主義からの脱却」にある事である。そのさなかにこの事件は起きた。
 
政権交代がかかった2009年の総選挙前に東京地検特捜部と大阪地検特捜部は民主党の小沢一郎代表と石井一副代表を標的に強制捜査に着手した。総選挙前の政界捜査など世界の民主主義国では絶対に許されない事だが、この国の新聞とテレビは誰もそれを指摘せず、杜撰な見込捜査が始まった。
 
その結果が大阪地検特捜部の証拠改ざんと東京地検特捜部の捜査報告書ねつ造という検事による犯罪行為の露見である。普通の民主主義国ならば国民的議論が起きて特捜部は廃止される運命になったと思うが、この国は普通ではない。「国民の代表」よりも「巨悪を捕まえる検察」を大事にするおめでたい国民が多く、それを新聞とテレビが後押ししている。
 
その結果、自前で捜査し自前で起訴するという世界でも珍しい特捜部の制度は生き残り、「検察改革」の一環として「供述調書至上主義からの脱却」が叫ばれた。意味するところは検事が作成する供述調書を批判的に検討し、自供に任意性があるかをきちんと確認する事である。それが今回のパソコン遠隔操作犯罪によって「改革」の実が上がっていない事が浮き彫りになった。
 
「改革」が道遠しである事は最近発刊された産経新聞の石塚健司著『四〇〇万企業が哭いている』(講談社)を読んでもわかる。これは笠間前検事総長が「改革」の一環として特捜部の体制を変えようとした2011年9月に摘発された詐欺事件のドキュメントである。
 
笠間前検事総長は独自捜査を行う「直告1班」と「直告2班」を一つに減らし、外部機関と連携して捜査を行う「財政経済班」を拡充しようとした。「直告2班」は消滅する直前に中小企業向けコンサルタントら3人を、東日本大震災復興保障制度を悪用し粉飾決算で融資を得た詐欺容疑で逮捕した。メディアは「震災詐欺」として大きく報じた。
 
しかし逮捕前にコンサルタントから相談を受けていた石塚記者はその逮捕に怒りを覚える。日本の中小企業の8割は粉飾をしないと銀行から融資を受けられない。粉飾企業をすべて詐欺罪で捕まえれば日本経済は成り立たない。問題は粉飾をしながら再生のために努力して返済し続ける企業と、粉飾して受けた融資で私腹を肥やす悪質業者を見極める事ではないか。
 
石塚記者が相談を受けたのは必死になって企業を再生させようと努力していた中小企業コンサルタントと衣料品会社社長の2人であった。そして石塚氏は中小企業の粉飾決算を常態化させたのは竹中平蔵氏らの金融政策が銀行の貸し渋り、貸し剥がしを促した結果だと知る。特捜部が踏み込む領域ではなく政治の領域の問題なのである。
 
しかし消滅寸前の「直告2班」はこれを大事件に仕立て上げたかった。コンサルタントを悪役に仕立てたシナリオが描かれる。ところが捜査を進めても思惑通りの証拠が出てこない。公判廷に出される供述調書は検事が被疑者の発言を都合よく切り貼りをした作文になった。取り調べの最初と最後に形ばかりの部分録画と録音がなされた。「改革」がなされたとはとても思えない特捜部の捜査であった。
 
相談を受けていた2人の被告には2年4か月の実刑判決が下った。検察の受け売りに終始した判決だと石塚氏は思う。そしてこの事件を法廷で裁いた事がそもそもの間違いだと考える。日本の社会にとってどんな益があるというのか。長年特捜検察を取材してきた石塚氏は、検察権力が力ずくで事実を捻じ曲げていくプロセスをこれほど見せつけられたことはないと書いた。
 
誰でもが犯人に仕立て上げられる現代に特捜部はいらない。「それでは政治の巨悪を捕まえられない」と言う人がいるが、政治家を生かすか殺すかを委ねられているのは国民である。検察が出てくる幕ではない。百歩譲って特捜部が必要だと言うのなら取り調べの全面可視化をやるべきだ。取り調べの内容を国民が監視できない限りこの国の捜査機関を信用する事は出来ない。

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