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原発の稼働 無責任体制は許されぬ

原子力規制委員会の田中俊一委員長は、原発の周辺自治体の防災計画の有無が原発の運転開始に影響しないとの考えを表明した事で、原子力規制委員会は全く無責任な委員会であると云う事が明らかに成りました。

新しい原発建設対しは、明確な規制ル-ルを作ってから、政府の判断にとらわれることなく、全く独自に建設の是非を判断しなければならないと思われますが、それをやらないこの規制委員会は全く信用出来ないものと思われます。

原発の稼働 無責任体制は許されぬ(北海道新聞10月5日)
 
原子力規制委員会の田中俊一委員長は、原発の周辺自治体の防災計画の有無が原発の運転開始に影響しないとの考えを表明した。函館市が電源開発の大間原発(青森県大間町)の建設再開に抗議し、新たな指針で義務づけられる防災計画の策定を拒否していることへの見解である。
 
田中委員長は9月の会見では、原発の再稼働について、「地域の防災計画ができないと最低限の条件はそろわない」と述べており、明らかな矛盾だ。
 
一方、委員長は大間原発周辺で活断層を調査する方針も示した。その結果によっては、立地の可否さえ問われる。新たな安全基準についても、規制委は検討に着手したばかりだ。であれば、規制委はまず電源開発に建設凍結を求めるべきだった。田中委員長の発言は、規制機関の長として無責任と言わざるを得ない。
 
発足したばかりの規制委の姿勢がぶれる背景には、原発の再稼働をめぐる政府と規制委の責任の押し付け合いがある。野田佳彦首相は「規制委が主導的役割を果たすのが基本的ルール」とし、安全性の審査から再稼働の判断、地元の説得まで規制委に丸投げしようとしている。
 
こうした政府の責任逃れを警戒し、規制委側は、自らの役割を原発の科学的な安全性の確認に限定し、再稼働の判断にはかかわらないことを強調するようになった。電力会社や政府の意向に左右されず、ひたすら原子炉の安全性を追求するという規制委の態度は、必ずしも間違いではない。
 
旧原子力安全・保安院が規制機関の枠を踏み越え、電力会社と二人三脚で原発の安全をPRする組織に堕してしまった経緯もある。規制委の厳正な審査をクリアした場合、再稼働が必要かどうかを判断するのは政府の役割だ。
 
大間原発についても、規制委は完成した原子炉の安全性のみを問題にするとの立場なのかもしれない。 だが、政府は何の説明もなく建設再開を認め、電源開発は道と函館市への事後通告で済ませた。これでは、道民は、立地適格性という根本的な疑問が残る原発の建設をなすすべもなく見守るしかない。
 
原発の再稼働も新増設も、責任の所在があいまいなまま、なし崩しに進められていく。原発ゼロを目指しながら、政府がこの状態を放置するのは責任放棄である。

防災計画の策定拒否という非常手段に訴えざるを得ないほど、函館市を追い詰めた無責任体制こそ責められるべきだ。

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