中国でのデモ彼らは何を求めているのか意外と軽い“反日”本音はどこに
中国でのデモ、彼らは何を求めているのか意外と軽い“反日”、本音はどこに
日経ビジネスON LINEより
尖閣諸島をめぐる問題で先週は騒がしかった。
きっかけは15日の香港の民間組織「保釣(釣魚島=尖閣諸島防衛)行動委員会」の活動家が沖縄県の尖閣諸島に不法上陸した事件だ。海上保安庁の巡視船がやすやすと上陸させてしまったのは、やはり「けが人を出さない」を第一条件に言い含まれていたからだろう。上陸した7人は先に上陸していた沖縄県警が逮捕、現場から離れようとした抗議船も巡視船が挟み打ちにし、お縄となった。上陸した7人を含む乗員14人は入管・難民法違反で現行犯逮捕だが、送検せずに行政処分として17日には強制退去となった。
彼らの行動は日本の新聞各紙で1面記事となり、意気揚々と英雄気取りで香港に凱旋した。報道によればビジネスクラスの機内食ではビフテキを食べたとか。相変わらずの日本政府のあまい対応といえるが、前回の2004年の上陸騒ぎのときと違って、飛行機代は自腹を切らせたという点はわずかな進歩といえるかもしれない。
次に19日に尖閣諸島近くの海上で、太平洋戦争末期の疎開船遭難事件の慰霊祭を執り行った都議ら10人が泳いで上陸した。日本政府は上陸許可をしておらず、本来なら海上の慰霊祭で終わるつもりだったそうだが、香港人らの上陸に刺激を受けた上での行動だろう。思ったところを素直に述べるなら、彼らの無許可上陸より、日本政府が日本人が慰霊と言う目的で島を訪れることを拒否して、ノービザ、ノーパスポートの香港人に不法入国で上陸させたことの方が罪深いのではないか。しかも、香港人らの上陸は終戦記念日。日本人にとって心静かに過ごしたい日なのである。
日本人尖閣諸島上陸は、同じ日に中国各地方都市で行われた「反日デモ」を予想以上に拡大させ、暴力化させることになった、と言われている。
これを聞いて、尖閣諸島で中国さまを刺激したらいけなかったのだ、とか、そもそも、尖閣問題を顕在化させた石原慎太郎都知事が悪い、といった意見に流れる人もいそうなのだが、少し冷静に考えて見よう。
これらデモに参加した中国市民が訴えたかったのは、本当に「反日」「尖閣諸島は中国のもの」であったのだろうか。
19日に各地でデモが行われることは、微博などで事前に呼びかけがあった。当局がデモを絶対にさせないという意志があれば、2011年の中国式ジャスミン革命のように、徹底封じ込めもできたかもしれないが、今回、それをしなかった。私は、事実上、抑え込みができなかったのではないか、と見ている。今回のデモは全国20カ所以上の地方都市で一斉に呼びかけられ、直前にはその呼びかけが削除されるなどの対応もとられたが、微博のようなソーシャルネットワークサービス(SNS)での情報伝達スピードも侮れない。
こういう場合、すべてのデモを完全に抑えつけるよりは、ある程度の行動を許し、社会の釜の中の不満の圧力を下げるために、蒸気を抜くというのは、これまでもやって来たことだった。その中で「反日」という名目を掲げることは、中国共産党としては、一応メンツが立つ。しかも、尖閣問題で国有化などを言い出している野田佳彦政権への「見せしめ効果」も期待できるかもしれない。
ただし、そのようなデモは、当局がデモ隊をうまく誘導し、コントロールできるという前提が必要だ。そういう意味では反日デモが官製デモだと言う人がいてもいい。実際、今回のデモでは浙江省杭州市や四川省成都市では、公安が輸送バスを出して、デモ隊が解散後、すみやかにその場を立ち去れるように手配したとされる。
ただ「反日デモ」が最後まで「反日デモ」のままであるかは、誰も分からない。2005年の北京や上海の反日デモはお行儀のよい学生中心のデモが終わるころには沿道の出稼ぎ者や失業者が参加しコントロールできない状況に陥り、単なるうっぷん晴らしの大使館への投石や沿道の日本食レストランの打ちこわしなど狼藉が行われた。2010年秋に発生した「反日デモ」は比較的コントロールが取れた方だが、それでも宝鶏市など一部の都市で「一党独裁反対」「多党制推進」といった民主化要求の横断幕もでて、当局をあわてさせた。反日デモは反政府デモに転換しうるのだ。
「蒼井そらは世界のもの」という標語 今回はどうであったか。
まず、約3000人が参加し最も過激だったと思われる深セン市のデモ。十数台の車がひっくり返されたり、日系メーカーの警察車両がぼこぼこにされたりした写真がツイッターなどで流れた。しかし、彼らは本当に日本が憎いのか。たとえば「日貨排斥」のTシャツを着た青年が首に下げているカメラは、ニコン。そのブランドを隠そうともしない無防備さ(あとでデモ仲間にカメラを取り上げられ壊されたそうだが)。
また、デモに参加する中高生の背中に「釣魚島(尖閣諸島)は中国のもの、『蒼井そら』は世界のもの」といった標語が張りつけてある。『蒼井そら』とは、中国に異様に人気がありアイドル化している日本のAV女優の名だ。ある種の若い中国人ネットユーザーの間では、最も有名な日本人である。今回の各地のデモでは、反日でも蒼井そらは別、といったニュアンスで前述の標語が散見された。
本当に反日の厳しい空気の中でなら、日本人女優に心うばわれているそぶりなど、冗談でもいえない。つまり、今回のデモの反日度はそのレベルなのだ。中国人の微博に「日本よ、デモする機会を与えてくれて感謝する」というコメントが流れていたが、最初から「反日」を口実に、あわよくば警察車両を襲撃してみたい、というのがデモ隊の本音ではないか。
山東省済南市のデモのスローガンは「あくどい城管(都市管理委員会、都市の露天商などを取締り罰金をかせぐ)市政府に抗議する」だった。反日でデモの招集をかけてはいるが、デモの矛先は城管と市政府ということになる。自分の土地や私有財産ですら、城管や地元政府の横暴で奪われることもままある状況では、釣魚島は中国のものという前に、自分の持ち物や田畑の権利が自分のものであると、訴えたいところだろう。
各地の一連のデモは、夕方までには終息した。当局が終息させた、ということだ。2005年の反日デモのように、狼藉者の群れになりかねないことを心配したかもしれないし、政府批判や一党独裁批判のスローガンが飛び出す前に終わらそうと思ったかもしれない。政治のおひざ元北京とショーウィンドー的国際都市上海でも、ほとんど未然に防いだ。そういう点でも、2005年の反日デモほどには酷い状況ではなかった。 これらのデモというのは、微博などネットを通じて同時多発的に実現された。今回の一連のデモについても、反日というテーマ以上に、このネットで連携して、各地で同時多発に成功、ということの方が意味が深い、と私は思う。20都市以上の同時デモというのはちょっとした記録ではないか?
中国では、集団事件と呼ばれるデモ行進や抗議集会が実に年20万~25万件発生していると推計されている。広い中国では、それほどたくさんの集団事件も、365日に分散させると、いったいいつどこで起きたか分からないくらい影響力は小さい。戦術でいうところの各個撃破で、発生したらすぐ全力で抑え込むことも可能だ。当局が一番嫌なのは、同時多発と北京、上海の重要都市で起きるデモ、その暴動化である。
SNSを使った同時多発抗議活動を実証
ネットを使った集団活動の同時多発が注目されはじめたのは、2011年2月の中国式ジャスミン、つまり中東・北アフリカのSNS革命に影響をうけた同時多発的集団抗議である。最初の中国式ジャスミンを呼びかけたのは誰か、というのは未だに謎だが、香港の一部の匿名活動家集団はこのSNS革命の中国版をどうしたら実現できるか、かなりまじめに考えていると聞いている。
しかし、中国式ジャスミン、と聞いた瞬間、公安や安全局が全力で封じ込めに来て、実際は実現しなかった。もし、キーワードがジャスミンじゃなくて「保釣」や「反日」であったら、彼らの狙う同時多発抗議活動は実現できる、ということは今回証明されたわけだ。
もちろん、今回の一連の反日デモに香港の中国式ジャスミングループが関与しているかどうかは知らない。
今回のデモが予想以上に勢いを増したのは、前立法議員の曾建成(阿牛)氏や社会活動家の古思尭氏ら古株の急進民主化活動家が尖閣諸島に上陸したことが発端だ。上陸はしなかったがラジカル民主活動「四五運動」を主宰してきた梁国雄(長毛)立法委員も尖閣上陸行動に関与している。反体制派として中国を批判し、かつて五星紅旗を抗議の意味で焼いたこともあるような彼らが、今回、尖閣諸島に五星紅旗をたてたことに、さほど深い信念も狙いもあったとは思えない。実業家の劉夢熊・全国政治協商委員(全人代に対する諮問委員、参院議員みたいなもの)や、中国の意向をくんで動こうとする梁振英・香港特別行政区長官らから提供される資金・寄付に目がくらんで、中国に協力する形になったということだろう。
影響力の落ちたプロ活動家に仕事を選ぶ余裕はない。しかし、彼らの本質はトロッキストで未だ革命を夢見る物騒な人たちだ。結果的に自分たちの行動によって中国でデモがさかんになったとすれば、それは彼らの意図するところかもしれない。
中国サイドがアモイ出発の抗議船の出港を阻止する一方で、香港保釣行動委員会に資金提供して、老活動家を尖閣に行かせたのは、尖閣問題に香港や台湾をかませることで、内政で忙しい時期に日本を困惑させ時間稼ぎができると踏んだのかもしれない。多少のデモは民衆のガス抜きにもなるし、対日圧力にもなる。あるいは、そこに共産党内部の権力闘争的な要素も絡んでくるかもしれない。1つぶで数度おいしい効果を得ようとするのは中共人の常だ。
しかし、中国共産党がコントロールし利用しているつもりの香港人やデモ隊はいつ体制の敵となるかもわからない。彼らが叫んでいる「反日」は半分以上はデモの自由を得るための口実だ。それを承知しつつも、うまくコントロールしようとしている。それは失速とインフレの狭間をなんと舵取りしてソフトランディングを図ろうとする経済問題への対応と共通する。今の中国は、うまくコントロールする、それしかやりようがないのだ。
そういう中国に日本がどう対応するのか。日本の状況も決して安定しているわけではないが、中国ほど複雑なかじ取りは必要ない。それよりも中国が揺れているのをみて、それに合わせてこちらも舵を右や左に切る方がよほど危ない。日本に求められるのは腹を据えて、静かに少しずつ、進むべき方向へと舵をとっていくことではないだろうか。進むべき方向というのは、尖閣諸島の実効支配強化だと考えている。