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東電OL殺人事件の被害者は反原発の為殺され原発マフィアの深い闇が有りそうです

よく事実は小説より奇なりと言いますが、今回の東電OL殺人事件の結果を見ますと本当であると強く感じました。

昨年この記事を阿修羅で読んだ時には中々信じられませんでしたが、その後の検察のあまりにも酷い取り調べが明るみになり、また検察の数々の謀略捏造も明るみになった時点で本当ではないかと思う様になりました。

事件が起きたのは、今から15年ほど前ですが、当時はすでにDNA鑑定はかなり確立されていたはずです。殺された女性の体内に残された精液と体毛、女性を殴った時に付いた犯人の血のDNA鑑定を行っていればそれが一致して犯人として逮捕されたゴビンダ・プラサド・マイナリさんでは無いと云う事が直ぐに解った筈ですが、検察は何故か行いませんでした。

今回再鑑定を行った大学教授は最後の判決を出した最高裁は殆ど馬鹿ではないかと感じたと述べました。
やはりこの事件は、阿修羅に書かれていた様に原発に絡んだ深い闇が有りそうです。

過去に阿修羅に載った記事です。
東電OL殺人事件の被害者は反原発の為消された?
 
東京電力東京本店 企画部経済調査室副長、渡邊泰子。
通産省との連絡役を務めた慶応大学卒のエリート女性幹部。1997年渋谷円山町のボロアパートで売春婦として殺された女性の表の顔である。
  
渡邊女史の父も東電幹部であったが在職中に病死。この父娘の死には原発の影がつきまとうという。渡邊女史の父は東電公務部統括する幹部だったが当時「明るい未来のエネルギー」として期待されていた原発事業にも関わる立ち場にいた。しかし高圧の地中送電線を東京都内に引く責任者を務めてからは反原発に転じ、社内で原発の危険性を説くようになり、副部長という役職からたった1年で降格。翌年ガンで急死・・。その2年後に予測されたかのようにスリーマイル事故が起る。
 
当時慶応2年生だった泰子を、東電に引き入れたのはあの勝俣だったという。そして泰子は勝俣が当時企画部長を務めた企画部経済室へ。そこには現在副社長を務める企画管理課長藤原氏もいる花形部署だった。しかし勝俣、藤原の思いとは裏腹に泰子は父の意思を継ぎ、反原発へ。そのリポートは賞を取る程すぐれたものだったという。
 
そして・・渡邊親子が警告を発し続けたプルサーマルが本格稼働した1997年、泰子は売春婦として殺され闇に葬られた。泰子の死の翌年、勝俣は常務取締役になり、原発推進事業が加速し、今に至るという。
 
泰子を殺した犯人は売春客だったネパール人(実刑確定済み)とされているが、冤罪の可能性が高く、捨てられた泰子の定期など矛盾点も多い。東電の圧力で報道規制をかける事も可能だったろうこの事件。OLではなく管理職だったにも関わらず「売春婦」として報道が垂れ流された、その理由は何なのだろうか。
 
そして事件の真犯人、深層は。
東電OL事件、再審の可能性…別人DNA検出
読売新聞 7月21日(木)
東京都渋谷区で1997年に起きた東京電力女性社員殺害事件で、強盗殺人罪により無期懲役が確定したネパール国籍の元飲食店員ゴビンダ・プラサド・マイナリ受刑者(44)が裁判のやり直しを求めた再審請求審で、東京高検が、被害者の体から採取された精液などのDNA鑑定を行った結果、精液は同受刑者以外の男性のもので、そのDNA型が殺害現場に残された体毛と一致したことがわかった。

「(マイナリ受刑者以外の)第三者が被害者と現場の部屋に入ったとは考えがたい」とした確定判決に誤りがあった可能性を示す新たな事実で、再審開始の公算が出てきた。
この事件でマイナリ受刑者は捜査段階から一貫して犯行を否認。同受刑者が犯人であることを直接示す証拠はなく、検察側は状況証拠を積み上げて起訴した。

2000年4月の1審・東京地裁判決は「被害者が第三者と現場にいた可能性も否定できない」として無罪としたが、同年12月の2審・東京高裁判決は逆転有罪とし、最高裁で03年11月に確定した。
マイナリ受刑者は05年3月、東京高裁に再審を請求した。

同高裁は今年1月、弁護側からの要請を受け、現場から採取された物証についてDNA鑑定の実施を検討するよう検察側に求めた。これを受け、東京高検が精液などのDNA鑑定を専門家に依頼していた。

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