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昨日のサンデ-モ-ニングでの毎日新聞の岸井主筆は指定弁護士が小沢氏を控訴した事は自然の流れと全く的外れの発言をしました

昨日のサンデ-モ-ニングでの毎日新聞の岸井主筆は指定弁護士が小沢氏を控訴した事は自然の流れと、全く的外れの発言をしていましたが、殆どの良識ある評論家は今回の指定弁護士の控訴について、犯罪を摘発して有罪にする事が目的ではなく小沢氏の政治的復権を遅れさせる事であり、完全に刑事裁判では無く、政治裁判であると言っています。

田中良紹の国会探検より政治的事件の政治的控訴を転載します。

小沢氏を巡る一連の事件はそもそも犯罪を摘発して有罪にする事が目的ではなく、小沢氏の政治力を削ぐ事が目的の政治的事件であると私は言い続けてきた。従って検察が事件にならない事案を摘発するのも、不起訴にするしかなかったのも予想通りで、また検察が不起訴にしたものを検察審査会が強制起訴に持ち込み、無罪の判決に対して検察官役が控訴するのも不思議ではない。目的は高裁で有罪にすることではない。小沢氏の政治的復権を遅れさせるところにある。

従って一連の事件の主戦場は検察の捜査や裁判の場というより、国民に対する情報操作の場に置かれている。御用評論家を動員して「小沢は終った」と言わせ、メディアにガセネタを書かせて「小沢はクロ」の心象を国民に与え、民主主義に無知な国会議員に「政治的道義的責任」を追及させるのが一連の事件を仕掛けた側の狙いである。
 
仕掛けた側は小沢一郎氏の政治力によって統治構造を変えられるのを恐れ、最高権力者になるのを阻止しようとした訳だが、その連中が攻め込んできているのは国民の意識である。国民が情報操作にマインドコントロールされるか、それともマインドコントロールを撥ねのける力があるのかがいま試されている。
 
私がまだ若い頃、ロッキード事件を捜査する東京地検特捜部を担当する事になった。その時、先輩記者から「警察は悪い人間を捕まえるところだが、検察は悪い人間を捕まえるところではない。検察は政治的な組織である。国家の安寧秩序の障害になる人間を捕まえるところだ」と教えられた。「国家権力の敵」を捕まえるのが検察だと言うのである。
 
確かにロッキード事件で本命と見られた政治家は政権の中枢にいて逮捕されず、三木政権の政敵であった田中角栄氏が権力の座に居なかったため逮捕された。2年後に起きたグラマン事件ではアメリカの軍用機売り込み工作で賄賂を受け取った政治家として岸信介、中曽根康弘、福田赳夫、松野頼三の名前をアメリカが明らかにしたが、検察は誰も逮捕しなかった。検察は確かに「政治的な組織」なのである。
 
ところが「巨悪を捕まえる正義」として振舞ってきた検察の基盤が根底から揺らぐ日がやってきた。それが政権交代を前に摘発した「西松建設事件」と「郵便不正事件」である。「西松建設事件」の方は公判維持もままならないと見るや「陸山会事件」を摘発して捜査を拡大したが、それらの事件から検察が証拠改竄という犯罪を犯す組織である事が判明した。
 
それはこの国の検察制度を根底から揺るがす深刻な問題である。ところが立法府もメディアもまるで鈍感で、それを民主主義の危機と捉えない。普通なら検察幹部を国会に証人喚問して国会が事実の究明に当らなければならないと思うがそういう動きがない。国会では相変わらず小沢氏の「政治的道義的責任」を云々するだけで検察幹部を証人喚問する話は全く出てこない。これが民主主義国家であるのだろうか。
 
この事も一連の事件が政治的事件である事を物語っている。つまりこれまでの統治構造を変えられたくない勢力が与野党の国会議員の中にも根を張っているのである。従って問題は司法だけではなく政治的にも解決する必要がある。表面は「政治とカネ」の問題で刑事事件と思わされているが、本質は政権交代による統治構造の変革を阻止する勢力の仕掛けである事を国民は見抜かなければならない。これは事件ではなく国民主権に対する挑戦なのである。
 
統治構造をどうするかを決める事が出来るのは主権者国民である。3年前の総選挙はまさに半世紀以上続いてきたわが国の統治構造を変えて欲しいという国民の願いが政権交代をもたらした。しかし統治構造を変えられたくない勢力が事件を画策し、政権交代が実現しても統治構造を変えられないようにした。それが自民党と何も変わらない民主党政権を生み出して国民の失望を買っている。
 
国民の注目が地方首長に集まるのは民主党にも自民党にも期待が持てなくなったからである。同時にそれは3年前に期待をかけた統治構造の変革を成し遂げたい思いが国民にまだ残っている事を示している。検察が統治構造を守ろうとする勢力の手先となり、杜撰な捜査をした挙句、小沢復権を遅らすために次々と手を打っているのが小沢裁判だから、この裁判は誰が国民の願いを阻止しているのかを炙り出す役割を果たしている。
 
それを国民は見極めて次の選挙では「国民の敵」を落選させ、ガセネタを書く新聞やテレビには不買運動で打撃を与え、今一度本物の政権交代を成し遂げる事を考えるべきである。毎度言ってきた事だが裁判の結果で問題は解決しない。この裁判の過程で見えてくるものを直視して「国民の敵」を見極める事が大事である。控訴が政局に大きな影響を与えるとも思わない。

そもそも「連休明けから政局は波乱万丈」と言って来た訳だから、それが始まっただけの話である。


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