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矢野絢也著『乱脈経理』が明かした創価学会の税務調査妨害フル活用された大蔵省人脈

 宗教と社会のかかわりを考える月刊誌より http://forum21.jp/?p=138
 
矢野絢也元公明党委員長は新著『乱脈経理』で、創価学会に対する税務調査をめぐる国税当局との攻防劇を明るみにした。それは醜悪極まりない闇取引だった。
 
発端は1989(平成元)年6月の「捨て金庫事件」だった。横浜市のゴミ処理場で見つかった現金1億7000万円入りの古金庫が、警察の捜査の結果、聖教新聞社の倉庫から搬出されていた事実が判明。池田大作創価学会名誉会長の腹心で、「池田大作の金庫番」「創価学会の大蔵大臣」などの異名を持っていた中西治雄氏(当時・創価学会総務)が「自分の金だ」と名乗り出た。
 
中西氏は「(日蓮正宗総本山)大石寺境内の売店で売った金杯の収益」などと説明したが、1億7000万円の中には大蔵省印刷局の封緘(ふうかん)つきの「一度も市中に出回っていない新札」もあった。また1億7000万円を金庫に入れて保管していたことを忘れていたというが、中西氏の自宅には極度額350万円の根抵当権が設定されており、1億7000万円の存在を忘れて350万円の借金をしたということになる。そんな説明が通用するはずがないにもかかわらず、ことの真相は闇の中に消えてしまった。「金は中西氏のものではなく、中西氏が預かるか管理を委託されていたものだから、中の金に手を付けられなかったのだろう。これが大方の推理だった」「金は池田氏の裏金だと疑っていた」と矢野氏は言う。
 
この事件のあと、国税庁が動く。「マルサより怖い」とされる東京国税局資料調査六課(料調)が90(平成2)年6月、創価学会の税務調査を公式に開始。調査は92(平成4)年まで2次にわたって実施される。このとき創価学会の懇請で国税当局との裏交渉に当たったのが矢野氏だった。当時、委員長を辞任して公明党常任顧問の職にあった(以下、カッコ内は『乱脈経理』からの引用)。
 
公明党書記長・委員長としての20年余の間に、「私は大蔵省・国税庁の幹部級に旧知の人が大勢できた。そういう人たちと意見交換する会を私は定期的に開いてきた」。その人脈を駆使した。すべて水面下の交渉である。「この当時の官界では、『(議会で)キャスティングボートを握る公明党を敵に回すとどんな報復を受けるかわからない』という『永田町神話』が定着していて、大蔵省の高級官僚は常日頃、公明党を巧みに抱き込んできた。ときには公明党に妥協することもあった」。そういう関係を、創価学会と池田氏を守るためにフル活用した。
 
大蔵省事務次官、国税庁長官ら幹部たちとの、水面下の交渉が頻繁に行われた。「後でバレたら重大なことになる。こちらもそちらも」。こんな場面が341ページの本書の、ほぼ2、3ページに1回は登場する。これに池田氏の「殿御乱心の表現も的外れではない」ヒステリー状態の様子や、資料の改ざんや破棄に走る学会幹部の狼狽と自己保身の様子が重なる。
 
宗教法人創価学会には非課税の公益事業会計(会員の寄付)、墓苑事業会計と軽減税率が適用される収益事業会計(主に聖教新聞)の3つの会計帳簿があるが、そのすべてが「ブラックホールだらけ」だった。
 
記帳漏れなどという単純なものだけではない。例えば特定金銭信託(営業特金)。聖教新聞社が学会マネー運用で投資していたものが億単位の損失を出した。「その巨額の損失を聖教新聞社で処理せず、(非公開の)公益事業会計に回して損失隠しをしていたのである。「学会の資金運用は秘中の秘で隠し通す必要があった」からだ。こんな手口が次から次と登場する。
 
学会が最も恐れていたのは池田大作氏による学会財産の公私混同が暴かれることだった。学会内の池田専用施設や池田氏が本部職員らにバラ撒く「激励費」、池田氏や同夫人が私的に使う公用車…。いずれも個人所得などとして課税対象になる。
 
象徴的なのが絵画だった。池田氏が買い漁る絵画の費用は「ほぼすべて学会持ちだった」。もし国税庁が学会の帳簿や財産目録をチェックすれば、「記載のない持ち主不明の美術品がゴロゴロ出てきて収拾がつかなくなっていただろう。帳簿にあっても現物が見当たらないということもあったはずだ」。これに「絵画取引で15億円不明」と騒がれたルノアール絵画事件の発覚が追い打ちをかけた。
 
帳簿をどこまで出すか、どこで妥協するかの攻防。学会からの最終指示は「(1)池田名誉会長にさわらず、(2)第一庶務(池田秘書室)にさわらず、(3)絵画などは未整理で提出できない、という三原則」だった。
 
国税庁は最終的にこれを受け入れた。墓苑会計のみを対象として申告漏れを認定し、学会は過去3年分の追加法人税と追徴課税として約7億円を納付。それ以前の申告漏れは不問になった。他の事業会計で認定した申告漏れは4000万円。「内心、私にとっては望外の少ない金額だった」。矢野氏はそう告白するが、さらにこのあと後述する政治工作により「事実上、税金をゼロにする」ことになる。「あとは重い宿題として次に残す」という国税庁の通告で2次にわたる税務調査は集結した。

それから20年近く、国税は一切、創価学会に手をつけていない。「宿題」は残されたままである。 矢野氏は本書で「国会議員が税務調査潰しに手をかすなどというのは言語道断の行為」だと認めている。創価学会なかんずく池田氏はその行為を指示し、矢野氏は実行したのだ。このあと、池田氏は矢野氏に特別製の「香合」を贈って矢野氏の尽力を慰労、矢野氏はこれを受領した。
 
宗教法人の自浄作用蝕む「学会防波堤」[言語道断の行為」に手を染めたのは矢野氏だけではない。公明党それ自体もフル動員されていた。それは政権党との政策的取引にまでエスカレートする。 公明党はまず湾岸戦争で90億ドルの追加支援賛成に回る。「『法案に反対して自民党から税務調査に妙に介入されたら困る』といった意識が公明党執行部に働いた」からだった。
 
党執行部はさらに「ウルトラC」まで持ち出した。自衛隊初の海外派遣となるPKO協力法である。「国税問題に対処するためには(法案に)賛成し、官邸を味方にする必要がある」「ウルトラCをやると後々ツケが回る。…しかしやむを得ない」。税務調査が大詰めになった91(平成3)年11月、自公両党は衆議院の委員会で同法案を強行採決した。
 
陰の功労者はもう一人いた。国税との攻防の終盤、本書にも頻繁に登場する。「私は大事な電話をした。相手は竹下登元首相である」「『尾崎(国税庁長官)には強く働きかける』と請け合ってくれた」…。そして「竹下氏は、事実上、税金をゼロにするよう国税庁首脳を説き伏せていたのだ」。攻防決着のとき、国税幹部は「今回は矢野さんや竹下さんの顔を立てて、この辺で納めた」と語っている。
 
創価学会のためには政治取引をし、立法権をも行使し行政を動かす。そこに公明党の存在理由があるのだが、これは「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」という憲法20条に明白に違反する。つまり公明党という存在自体に憲法上の疑義が生じることになる。
 
「政官癒着」という言葉があるけれど、本書の内容は「宗政官」の醜悪なまでの癒着構造である。 もう一つ、重要な事実が本書にはあった。この当時、他の宗教団体も税務調査を受けていたのだ。
 
「…別件だが、ある宗教団体についても教祖の自宅まで調査した」「竹下さんや、小沢さんなどに頼んでもムリだ。他の宗教団体もいろいろあった」は国税幹部の発言。「他の宗教団体の中には政治家を通じて国税庁に圧力をかけてきたところもあったというが、私自身も同じことをやっており、他の宗教団体のことをとやかく言う資格はなかった」は矢野氏の述懐である。
 
教団の傭兵として動く政治家。その物量に違いはあっても宗教団体はそれぞれに矢野氏のような議員を抱えており、創価学会に似た手法で動いているということだろう。宗教団体はその代償に、選挙では教団あげて支援し、信者の票を提供する。「信仰」をしばりにして信者の政治的自由を奪っている。
 
その背景には「学会がやっているのだから」という蕫学会防波堤﨟の意識がある。07(平成19)年に33年ぶりに選挙参画した浄土真宗本願寺派幹部は、内部の会合で「学会に負けてよいのか」と発言している。宗教界には宗教法人税制という共通利害があるが、宗教の公益性は権力から与えられるものではない。自浄努力と市民の共感によって獲得するものなのだ。
 
宗教界だけのことではない。学会マネーは寄付金、協力費、研究補助、広告代と、形をかえて各方面にバラ撒かれる。その結果、学者・研究者の世界にも、マスコミの中にも“鶴タブー”が生まれる。これこそが問題なのだが…。

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