« 東京新聞だけは社説で小沢裁判を冷静に意見を述べています | Main | 小沢氏の「強制起訴」裁判を監視すべし日本一新の会・代表 平野 貞夫 »

民主主義と無縁の人たち 田中良紹

民主主義と無縁の人たち (田中良紹)
 
小沢裁判で、裁判所から求められていた証拠の開示を拒否した検察について「民主主義とは無縁のところで育成されてきたのではないか」と書いたが、それは検察だけの話ではない。政治家にもメディアにも民主主義とは無縁の思考をする者がこの国にはいる。
 
小沢一郎氏の第14回公判で、東京地裁の大善文男裁判長は石川知裕衆議院議員ら元秘書の取り調べ段階での供述調書の大半を証拠採用しなかった。そして「強力な利益誘導があり、嘘の供述に導く危険性の高い取り調べだった」、「圧力をかける取り調べは、個人的なものではなく、組織的なものだったと疑われる」と東京地検特捜部の捜査手法を批判した。これまでの裁判経過をたどれば当然と思える判断である。
 
メディアは「これで小沢元代表有罪へのハードルは高くなった」とする一方、元秘書らの裁判では同じような理由で供述調書が証拠採用されなかったにも関わらず、三人の秘書全員が有罪判決を受けた事から、この判断が「無罪に直結するものではない」と解説した。
 
そして自民党や公明党からは「三人の秘書が有罪判決を受けており、政治的道義的責任を免れる事は出来ない」とか「国会に対する説明責任がある」とか「民主党の党内政局が注目される」とかの反応が出ている。
 
検察という行政権力が違法な捜査によって国民の代表を組織的に潰そうとした。それを司法が認めて行政権力を批判したというのがこの日の裁判である。普通の民主主義国家なら民主主義の根本に関わる問題として捉えるだろう。ところがこの国のメディアは小沢氏が有罪か無罪かにしか関心がなく、政界からは党利党略の反応しか出て来ない。それが民主主義を自称するこの国の姿である。
 
この事件はそもそも政権交代のかかった選挙直前に東京地検特捜部が野党第一党の代表、すなわち次の総理候補の公設第一秘書を逮捕した事から始まった。選挙直前の政界捜査は民主主義社会が決して許してはならない事である。国民の選択に行政権力が介入する事は国民主権に対する冒涜だからである。
 
この事件を見る私の出発点はそこにある。ところが政治家やメディアの反応はまるで違った。誰も民主主義に対する冒涜とは受け止めず、政界の「巨悪」とそれに切り込む「正義の検察」というお定まりの構図で捉えた。それはロッキード事件以来、国民の代表を「巨悪」と思い込ませたマインドコントロールがあるからである。
 
東京地検特捜部が狙う政治家はすべて「巨悪」と国民は思い込むのである。だから特捜部が立件できなければ我々が代わって「巨悪」を追い詰めてみせると考える阿呆が出てくる。その連中は犯罪を立証できなくとも「政治的道義的責任」をあげつらい、「説明責任」を追及して政治的に追い詰める方法を考える。相手は国民の代表なのにである。
 
私はアメリカ議会の議論を通して冷戦が終焉する直前からの世界の激動を見てきた。国際政治の世界は『三国志』の世界をしのぐ謀略と陰謀の世界である。そして実利を得る事に各国とも知恵の限りを尽くす。それは自国の国民生活を豊かにする事が政治に求められる最大の課題だからである。政治家に求められるのは道徳ではない。利益を実現する能力である。
 
ところがわが国では政治家同士が足を引っ張り、つまらぬ事で相手の欠点をなじり、何かと言えば「道義的責任」を追及する。それが国民生活を豊かにする道だとでも思っているかのように堂々とやる。私に言わせれば民主主義を理解できない阿呆たちの所業である。国民の代表が国民の代表を貶めて国民に何の利益が与えられるのか。
 
そう書いてきて、明治維新後の日本が欧米の文明に圧倒され、行政権力中心の独裁体制を構築する話を思い出した。この国に民主主義と無縁の思考が存在するのはそれから一歩も進歩していない証かもしれない。
 
政権交代して3年目の日本政治の現状を嘆いている国民が多いかもしれないが、明治維新後の日本もめちゃくちゃだった。政権公約とも言える「尊皇攘夷」をさっさと捨てて開化路線を採る新政府に対して農民と士族の不満が渦巻いていた。明治4年、岩倉具視を代表とする使節団が欧米に旅立つ。外国との不平等条約を改正し、西洋文明を吸収するためである。
 
ところがアメリカに外交であしらわれ、不平等条約の改正に失敗し、欧米のしたたかさを思い知らされる。一方で政治と道徳の分離こそが欧米政治の原理である事を知る。欧米では政治は道義に仕えるのではなく実利に奉仕するのである。自立した個人が利益を求めて競争し、個人の競争は社会の競争になり、ひいては国家間の競争となる。利益の追求が国際政治で、その戦いに勝利するため人は国家を構成する。
 
先進国の現実に一行は圧倒される。木戸孝允は国民の自立なき日本では天皇の強力なリーダーシップの下に「独裁の憲法」を作るしかないと考える。その憲法によって国民の政治的開化を促すのである。一方、先進国に追いつこうとするドイツのビスマルクに感銘した大久保利通もドイツ・モデルの君主政治を考える。議会に予算の権限を与えるのではなく、行政府が国家を運営していく。議会が何を決めても政府は超然として議会を無視し政策を遂行するのである。それが近代日本のスタートとなった。
 
国民主権を侵害する行政権力の介入に異を唱えず、国民生活の利益を重視するより政治家の道義的責任に重きを置き、立法府が内輪の足の引っ張りに狂奔する様は、140年前に岩倉使節団が見た欧米の政治原理とは異なるものである。

しかし木戸や大久保はいずれ国民の自立を促すために憲法を作り、官僚主導の国家体制を整備しようとした。しかるにそのDNAは今も生き残り、政治と道徳を分離できないばかりでなく、国民の自立、すなわち国民主権の国家体制もいまだ未整備のままなのである。


|

« 東京新聞だけは社説で小沢裁判を冷静に意見を述べています | Main | 小沢氏の「強制起訴」裁判を監視すべし日本一新の会・代表 平野 貞夫 »