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高村薫という女性作家が書く小沢公判の「傍聴記」が12日の毎日新聞紙上に大きく掲載された

高村薫という女性作家が書く、小沢公判の「傍聴記」が12日の毎日新聞紙上に大きく掲載された。マスコミのズルイ処は、名のある第三者に批判させて、紙上に掲載されている偏見的な記事が正当だと読者に錯覚・誤解を与えることだ。案の定、読者に誤解を与える傍聴記である。ジャーナリストの江川紹子さんとは違い、考えられないほどの非論理性と裁判に関する無知を示している。

高村女史はその冒頭で、「小沢氏は指定弁護士の追及に対して『数年前のことなので記憶にない』『元秘書が彼の裁量でしたことなので知らない』と延々と繰り返し続けた。票にならない一般社会への徹底した無関心がのぞく」と書いている。指定弁護士が同じこと繰り返し訊くから、同じことを答える。それがなぜ、「一般社会への徹底した無関心」に飛躍するのか。全く論理的な繋がりはない。当に女史の偏見である。

さらに女史は、「4億円が収支報告書に記載されていないことについて、政治資金規正法の虚偽記載に当たるという認識を小沢氏がもっていたか否か。(中略)収支報告書への不記載について元秘書らとの共謀があったのか否かも、そもそも違法行為の認識がないとなれば、共謀を問うこと自体虚しい」と書いている。

女史は「不記載」と書くがそれは違う。4億円は収支報告書に記載されているが、その日付が土地の本登記日であることが、虚偽記載だとして検察が訴追したのである。また、「違法行為の認識がない」のならば、犯意が無いのだから犯罪は成立しない。だがそうは書かないで、「共謀を問うこと自体虚しい」と非論理的に枉げる。予てから小沢氏批判(=有罪願望)をしていた自らの心の悔しさを隠したに過ぎない。

そして、女史が裁判とは何かを理解していないのが、次の文書である。「たとえば法の正義を言うなら、その手続きも厳密であるべきであり、検察審査会の強制起訴の議決に手続き上の瑕疵があることを理由に弁護側が起訴の無効を主張するのは当然だろう。(中略)地検特捜部の捜査手法は捜査の名に値しないひどさのだが、しかしそのことと本件の金の流れの不透明さは別の話だとみなす程度に国民は冷静でもある。」

「たとえば法の正義を言うなら」で始まる一節は、法に基づく裁判を否定している。裁判は、市民感情や市民感覚で左右されるものであってはならない。国家権力による捜査・起訴に違法性があれば、裁判そのものが成り立たない。これが先進民主国家での基本である。処が、「捜査手法は捜査の名に値しない」と認めていながら、「本件の金の流れの不透明さは別の話だ」と書き、話をすり替えている。

女史の裁判に関する無知はさて置いて、「金の流れの不透明さ」はないだろう。ほとんどのマスコミは報道をしていないが、日刊ゲンダイによると、売却した湯島の不動産は約15億円。購入した世田谷の土地9億円。加えて安田信託での解約金3億円も明らかにされた。小沢氏が4億円を持っていることに何の不思議も無いことが、公判で明らかにされた。それを傍聴していながら聞かなかったとでも言うのだろうか。

小沢氏が原資の明細をより明白にした途端、マスコミはそれを報道しないで今度は、「4億円もの大金を秘書に任せきりはおかしい」と言い出した。それに呼応して女史も、「仮に秘書に任せていたのが事実でも、自ら国民に対して釈明するのが政治家本来の姿だろう。法律の不備を逆手にとって無罪を主張する政治家の姿に国民が見るのは、政治資金規正法がザル法であることの虚しさだけである」と書いている。

全く非論理的である。小沢氏は公判で原資の明細を、これまで以上に明らかにした。それを無視して、「自ら国民に対して釈明するのが政治家本来の姿」と言う。また、何を以って「法律の不備を逆手にとって」とか「政治資金規正法がザル法である」と言うのだろうか。裁判の場で、法律に従い無罪を主張するのは当然だろう。女史の言い分は、突き詰めると、法に従って裁くなと言っているのと同じことになる。

刑事裁判では、検察が有罪であることを証明しなくてはならないのだ。極論すれば、被告は自らのシロを証明する必要はない。完全黙秘でも構わない。だが、小沢氏は法廷で4億円の原資について、銀行から得られた証明書の範囲内では、丁寧に答えた。証明を得られないことに関し、「分らない」「記憶にない」と言うのは当然である。何故なら、もし間違っていたら、それで有罪にされる可能性があるからだ。

この傍聴記の全てを批判するには、字数はいくらあっても足りない。だが、この傍聴記から分ることは、女史もまた多くのマスコミ同様に、小沢氏自身が不正を働きましたと言わない限り、批判を続けるということだ。そして何よりも許せないのは、女史の私情を、「私たち国民」とか「市民感覚」という言葉にすり替えていることだ。

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