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原子力の戦後史 吉井英勝衆議院議員へのインタビュ-が北海道新聞に掲載されました

原子力の戦後史 吉井英勝衆議院議員へのインタビュ-が北海道新聞に掲載されましたが、原発を推進する勢力は反対派や慎重派を常に左翼として、イデオロギ-対立に持っていき、純粋な原発の安全性、効率性、他のエネルギ-よる発電の最終的な原価対比などの討論は封じられて来ました。

(北海道新聞11月18日)
(2005年と06年に、津波による原発の全電源喪失と冷却系の破綻の危険性を質問主意書などでいち早く指摘しました。)
「当時、政府や電力会社は正面から受け止めず、その後も安全対策を怠ってきた。3月の福島第1原発事故後、政府は誤りを認め謝罪したが、腹立たしい」

(原子力に関わることになったきっかけは。)
「中学生だった1956年、京都市内で開かれた原子力平和利用博覧会に行き、未来を夢みた。初めてノーベル賞を受貢した湯川秀樹先生はとても明るい光だった。あこがれて京大に入り、原子核工学を学んだ。
就職後、プラント設計をやった。図面上と実際につくることは全く違うと肌身で分かった。配管溶接の巧拙も分かる」電力会社は他の発は安全と強調します。
「全国の原発を訪ね歩いた。軽水炉は高温高圧と低温低圧を行き来し、膨張、収縮を繰り返す。激しい水の循環は配管を削り取る。中性子を浴び続ける圧力容器は劣化する。その現実を直視しているかあやしい」。

(原発の安全性に疑問を持ったきっかけは。)
「79年の米スリーマイルアイランド事故、86年のソ連チェルノブイリの事故を経て、原発の危険性を痛感した。88年に国会議員になってからは原発問題一筋だが、観念的な脱原発論者ではない」

(これまでの原発推進政策をどうみますか。)
「日本の原発はほとんどが米国由来の軽水炉で、運転すれば必ずプルトニウムが大量にできる。核兵器の原料となるばかりか、処理が困難な猛毒であり、
環境汚染も引き起こす。未成熟な技術であり決別すべきだ」

(原発と人類は共存できないという発想ですか。)
「決め付けはしない。人聞が管理できる原発があり得るか。高レベ一ル廃棄物の消滅処理を含め、基礎研究は続けるべきだ。科学を否定はしない」
  
(津波警告を政府などが受け止めなかった理由をどう分析しますか。)
「必ず利益が出る料金体系を持つ電力会社に原発メーカー、ゼネコンがぶら下がる。メガバンクは資金を出す。財界中枢部による 『原発利益共同体』が
できている」
「政治家には政治献金、大学には研究費、官僚には天下り先、マスコミには広告費、地方には交付金がばらまかれる。この構造を支えるイデオロギーであ
る『安全神話』が社会を覆っていた」

(福島事故を経て、この構造は崩れていきますか。)
「安全保障と結び付けて原発を維持しようとする勢力がおり、そう甘くはない。脱原発でも経済が成り立つよう再生可能エネルギー利用を爆発的に進めることが重要だ」

『よしい・ひでかつ 42年(昭和17年)京都市生まれ。京大原子核工学科卒。
堺市議、大阪府議を経て88年に参院初当選、90年から衆院。共産党原発・エネルギー問題委員長。』

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