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鈴木宣弘:TPPをめぐる議論の間違い推進派の俗論を排す③

(9)貿易自由化して競争すれば強い農業ができる
 
これは間違いである。大震災で被災した東日本沿岸部に大規模区画の農地をつくって競争すればTPPもこわくない、という見解もあるが、それでも、せいぜい2ha程度の1区画である。それに対して、TPPでゼロ関税で戦わなければならないオーストラリアは、1区画100haある。農家一戸の適正規模は1万ヘクタールというから、そもそも、まともに競争できる相手ではない。土地条件の格差は、土地利用型農業の場合は絶対的で、努力すればどうにか勝てるという話ではない。車を工場で造るのと一緒にしてはならない。牛肉・オレンジなどの自由化も、牛肉や果物の大幅な自給率低下につながったことを思い起こす必要がある。
 
だから、TPPのような徹底した関税撤廃は、強い農業を生み出すのではなく、日本において、強い農業として頑張っている人達を潰してしまうのである。コメで言えば、日本で1俵9,000円の生産コストを実現して大規模経営している最先端の経営も、1俵3,000円のコメがゼロ関税で入ってきたらひとたまりもないのは当然である。欧州の水準を超えたというほどに規模拡大した北海道酪農でも、平均コストは1kg70円くらいであり、1kg19円のオセアニアの乳価と競争できるわけがない。残念だが、これが、土地条件の差なのである。

(10)競争を排除し、努力せずに既得権益を守ろうとしいては、効率化は進まない
 誰も、努力せずに既得権益を守ろうとしているわけではない。TPPのように、極端な関税撤廃や制度の撤廃は、一握りの勝者と多数の敗者を生み、一握りの勝者の利益が非常に大きければ、大多数が苦しんでも、社会のトータルとしては効率化された、という論理の徹底であり、幸せな社会とは言えない。
 
医療と農業は、直接的に人々の命に関わるという点で公益性が高い共通性がある。筆者は米国に2年ほど滞在していたので、医療問題は切実に感じている。コーネル大学にいたが、コーネル大学の教授陣との食事会のときに2言目に出てくるのは、「日本がうらやましい。日本の公的医療制度は、適正な医療が安く受けられる。米国もそうなりたい」ということだった。ところが、TPPに参加すれば、逆に日本が米国のようになる。日本も米国のように、高額の治療費を払える人しか良い医療が受けられなくなるような世界になる。地域医療も今以上に崩壊していくことは明らかである。混合診療が全面解禁されれば、歯では公的保険適用外のインプラント治療ばかりが進められ、低所得層は歯の治療も受けられない、という事例(九州大学磯田宏准教授)はわかりやすい。
 
TPPの議論を契機に、また市場至上主義的な主張が強まっている。確かに、既得権益を守るだけのルールは緩和すべきだが、だからルールは何もない方がいいというのは、人類の歴史を無視した極論である。経済政策学者が政策はいらないと言うのは、ほとんど自己否定していることになる。All or Nothing(ゼロか100か)ではなく、その中間の最適なバランスを見つけるべきである。

(11)3,000円のカリフォルニア米で牛丼が100円安くなるのならTPPに参加した方がいい
 消費者の立場から見ると、「3,000円のカリフォルニア米で牛丼が100円安くなるのならTPPに参加した方がいい」という意見も当然ある。こうした消費者の目線で問題を見直してみることが重要である。言い換えると、農業サイドの貿易自由化への反対表明は、農家利益、あるいは農業団体の利益に基づいたエゴと見られがちなことを忘れてはならない。
 
今こそ、生産者と消費者を含めた国民全体にとっての食料の位置づけというものを再確認することが必要だと痛感する。食料は人々の命に直結する必需財である。「食料の確保は、軍事、エネルギーと並ぶ国家存立の三本柱」で、食料は戦略物資だというのが世界では当たり前だから、食料政策、農業政策のことを話せば、「国民一人ひとりが自分の食料をどうやって確保していくのか、そのために生産農家の方々とどうやって向き合っていくのか」という議論になるのが通常である。ところが、日本では、「農業保護が多すぎるのではないか」といった問題にいきなりすり替えられてしまう。これは、意図的にそういう誘導をしようとしている人がいるということもある。しかし、日本では、食料は国家存立の要だということが当たり前ではないというのは事実である。国民に、食料の位置づけ、食料生産の位置づけについて、もう一度きちんと考えてもらう必要がある。
 
まず、2008年の世界食料危機は、干ばつによる不作の影響よりも、むしろ人災だったということを忘れてはならない。特に米国の食料戦略の影響であったということを把握しておく必要がある。
 米国が自由貿易を推進し、関税を下げさせてきたことによって、穀物を輸入に頼る国が増えてきた。一方、米国には、トウモロコシなどの穀物農家の手取りを確保しつつ世界に安く輸出するための手厚い差額補てん制度があるが、その財政負担が苦しくなってきたので、何か穀物価格高騰につなげられるキッカケはないかと材料を探していた。そうした中、国際的なテロ事件や原油高騰を受けて、原油の中東依存軽減とエネルギー自給率向上が必要だというのを大義名分としてバイオ燃料推進政策を開始し、見事に穀物価格のつり上げにつなげた。
 
トウモロコシの価格の高騰で、日本の畜産も非常に大変だったが、メキシコなどは主食がトウモロコシだから、暴動なども起こる非常事態となった。メキシコでは、NAFTA(北米自由貿易協定)によってトウモロコシ関税を撤廃したので国内生産が激減してしまったが、米国から買えばいいと思っていたところ、価格暴騰で買えなくなってしまった。
 
また、ハイチでは、IMF(国際通貨基金)の融資条件として、1995年に、米国からコメ関税の3%までの引き下げを約束させられ、コメ生産が大幅に減尐し、コメ輸入に頼る構造になっていたところに、2008年のコメ輸出規制で、死者まで出ることになった。TPPに日本が参加すれば、これは他人事ではなくなる。米国の勝手な都合で世界の人々の命が振り回されたと言っても過言ではないかもしれない。
 
米国の食料戦略の一番の標的は、日本だとも言われてきた。ウィスコンシン大学のある教授は、農家の子弟への講義の中で、「食料は武器だ。日本が標的である。直接食べる食料だけでなく、畜産物のエサが重要だ。日本で畜産が行われているように見えても、エサ穀物をすべて米国から供給すれば、日本を完全にコントロールできる。これを世界に広げていくのが米国の戦略だ。そのために皆さんには頑張ってほしい」といった趣旨の話をしたという。実はそのとき教授は日本からの留学生がいたのを忘れてしゃべっていたとのことで、「東の海の上に浮かんだ小さな国はよく動く。でも勝手に動かれては不都合だから、その行き先をエサで引っ張れ」と言ったと紹介されている(大江正章『農業という仕事』岩波ジュニア新書、2001)。これが米国の食料戦略であり、日本の位置づけである。
 
ブッシュ前大統領も、農業関係者への演説では日本を皮肉るような話をよくしていた。「食料自給はナショナルセキュリテイの問題だ。皆さんのおかげでそれが常に保たれている米国はなんとありがたいことか。それにひきかえ、(どこの国のことかわかると思うけれども)食料自給できない国を想像できるか。それは国際的圧力と危険にさらされている国だ。(そのようにしたのも我々だが、もっともっと徹底しよう。)」という感じである。 

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