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東電OL殺人事件と陸山会政治資金規正法事件に共通する構図を郷原信郎が斬る

「激変する環境、思考停止する組織~郷原信郎が斬る2

東電OL殺人事件と陸山会政治資金規正法事件に共通する構図

殺人事件と政治資金規正法違反事件、全く異なった性格の事件のように思えるこの二つの事件だが、有罪判決が出されるまでの経過に、重要な共通点がある。
 
それは、裁判所が、審理の過程で起訴事実の認定そのものとは違う事項について判断を求められ、そこで一定の判断を示したことが、事実上、最終的な裁判所の判断を決定づける結果になり、裁判所が誤った認定を行うことにつながってしまったという構図だ。

岩上チャンネル「111006郷原信郎氏インタビュー」アーカイブでご覧になれます。 http://bit.ly/prfUy4

東電OL事件の逆転有罪を決定づけた再勾留の判断

東電OL事件では、東京地裁の一審無罪判決で被告人のゴビンダ氏の勾留が一度失効し、不法滞在による母国ネパールヘの強制退去の行政手続きが開始されることになった。
 
しかし、検察は控訴した上。「ネパールヘの出国を認めて送還した後に逃亡されてしまうと、裁判審理や有罪確定時の刑の執行が事実上不可能になる」として、裁判所に職権による再勾留を要請した。
 
刑事被告人には無罪の推定が働く。その被告人が勾留され、身柄を拘束されるのは、罪を犯したと疑う十分な理由があり、なおかつ、「逃亡の恐れ」又は「罪証隠滅の恐れ」がある、という事由が存在している場合に限られる。

一審で無罪判決を受けた場合には、無罪の推定が一層強く働くので、それまでの勾留は失効する。再勾留が認められるとすれば、一審の無罪判決に明白な誤りがあるとか、判決後に、有罪を決定づける新証拠が見つかったというような場合に限られる、というのが常識であろう。検察も法律家の集回であり、そのような常識が働かなったわけはない。

一審で無罪判決を受けたゴビンダ被告人の再勾留を請求することに対しては検察内部で消極論もあったはずだ。しかし、検察は、再勾留を求めることを組織として決定した。それは、「無期懲役を求刑した事件に対して一審で無罪判決が出て、そのまま引き下がるわけにはいかない。」という検察の威信・面子にこだわる「組織の論理」が最大の理由だったものと推測される。
 
それに対して、東京地裁と、東京高検の要請を受けた東京高裁第5特別部は、勾留を認めなかった。「法律家としての常識」からすると当然の判断だ。
 
しかし、控訴審が係属した東京高裁刑事4部は、勾留を詰める決定を行った。それがいかなる理由なのかは、わからない。しかし、「法律家の常識」に反する判断が行われたことの背景に、検察の組織の論理が、裁判所に相当なプレッシヤーとして働いたのではないかと思われる。

弁護側は、異議申立てを行ったが、東京高裁刑事5部は異議申立てを棄却し
て勾留を語める。弁護側は、最高裁に特別抗告をしたが、最高裁は「一審無罪の場合でも、上級審裁判所が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があると判断できる場合は被告人を拘置できる」として3対2で特別抗告を棄却した。そのために、結局、被告人のゴビンダ氏は再勾留されることとなった。
 
重要なことは、ゴビンダ氏の勾留を詰めたのは、控訴審が係属する高裁の裁判部である東京高裁刑事第4部だということである。同裁判部が「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」があると判断したことから、その後の、異議申し立てについて判断した東京高裁刑事5部も、特別抗告を受けた最高裁も、その刑事第4部の判断を尊重し、再勾留の決定が最終的に維持された。
 
つまり、その後に、控訴審の審理を行うことになる裁判部が、被告人の身柄拘束を続けるかどうかの判断に必要な「罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」の有無について、自らの責任でそれを肯定する判断を行ったということなのである。そのような、控訴審裁判部の判断のために、外国人である被告人は、一審で無罪判決を受けたのに身柄拘束が係属され、引き続き身柄を拘束され、母国に帰ることができない、という著しい人権侵害を受けることになってしまった。
 
このような判断を行った控訴審裁判部が、控訴審判決で一審の無罪を維持して、検察の控訴を棄却する判決を出すことができるだろうか。控訴審無罪の場合、再勾留を認め、一審無罪判決後に身柄拘束を続けた裁判所の判断に批判が集中することになる。そのような批判を覚悟の上で控訴審裁判部が無罪判決を出すことは、事実上考えられない。
 
ということは、この事件では、控訴審裁判部が再勾留を詰めた段階で、身柄拘束についての判断という、本来は、有罪無罪の判断とは異なる事項についての判断を示した段階で、事実上、逆転有罪が確実になっていたと言わざるを得ないのである。
 
では、その再勾留の判断は、控訴審としての最終的な判断を先取りして行えるほど、十分な審理に基づいて行われたものであろうか。その時点というのは、一審の無罪判決が出て、検察が控訴した後、控訴審の審理が始まる前である。検察の控訴趣意書提出までには通常2か月はかかるので、まだ、一審判決のどこにどのような問題があるのか、についての検察官の主張すら明確になっていない。証拠関係は、無罪という裁判所の判断が出た一審と全く変わらないのである。それなのに、その時点で、同じ証拠関係に基づいて、無罪という一審の判断を覆し、有罪の判断を行うことを、事実上決めてしまったというのが、この時の控訴審裁判部なのである。
 
今、この事件のDNA鑑定などに関して新たな事実が明らかになり、控訴審判決の有罪判決に重大な疑問が生じている。もし、この事件が冤罪だということなった場合、一審で無罪判決を受けて「無罪の推定」を一層強く受ける外国人の被告人を、不当に身柄拘束を続け、一審無罪という正しい判断を控訴審で覆して無期懲役判決という重大な人権侵害の判決を行われたことになる。

再勾留の判断を控訴審裁判部が行った段階で、その控訴審での有罪判決が事実上決定してしまった、という判断のプロセスに重犬な問題があったと言わざるを得ない。しかも、そのプロセスで裁判所が誤った判断を行った原因は、検察が「組織の論理」に基づいて「組織として決定」したことに裁判所が従ったという構図にあるのではないかと考えられるのだ。

 
全く性格の異なる事件であるが、陸山会政治資金規正法違反事件の一審で、刑事裁判の常識に反する判決が出た。そこにも、東電OL事件と同様に、有罪無罪とは別の事項について、裁判所が行った先行判断によって、最終的な裁判所の事実認定を事実上決定づけてしまったという共通の構図が存在している。

 

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