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日本の電力会社はマスコミに広告費と云う圧力をかけてジャ-ナリスト精神を奪った

北海道新聞に原発推進の為に、日本の電力会社はマスコミに広告費と云う圧力をかけて、ジャ-ナリスト精神を奪った事が書かれたいます。

「反原発」契機に加速 (北海道新聞9月2日)

元広島テレビ放送報道制作局長の古村淳(72)は、広島市中区の本社に中国電力の数人の幹部が訪れた1993年の夏を今でも覚えている。「内容が一方的じゃないですか。どうしてこんな番組を放送したのか」。

詰め寄られて切り返レた。「どこが問題ですか」 抗議を受けたのは92~93年に全国放送したドキュメンタリー3部作「プルトニウム元年」。
 
プルトニウムは核兵器の原料にもなり、保有が国際的な監視下にある核物質。番組は、日本の原発の使用済み燃料を再処理してプルトニウムを取り出す英仏の工場や周辺住民を被爆地の視点で取り上げた。
   
CMを中止
 
建設を控えた青森県六ケ所村の初の再処理施設の是非も問い、反響は大きかった。93年に「『地方の時代』映像祭グランプリ」を受賞した。
 
古村によると、中国電は放送後に「電気料金値上げに伴う広告予算カット」によりスポ-ツ番組のスポンサーを降りた。95年春には吉村以下、制作の中心だった局次長、プロデューサー、ディレクタ-の4人が営業局へ異動した。

「理由は分からない。われわれはジャーナリストであると同時にサラリーマンでもある。引き際だったんだよ」と古村。

2008年、試運転が始まっていた六ケ所村の再処理工場に、毎日放送(大阪)のテレビクルーの姿があった。10月、「なぜ警告を続けるのか~京大原子炉実験所″異端″の研究者たち~」として深夜放送された。 実験所の助教として原発の危険性を訴え続けていた小出裕章(62)と今中哲二(60)に光を当てた。放送終了後、制作者側に「原子力が分かっていない。反原発に大甘だ」とする関西電力側の反応が伝わった。

「意見や感態を言ったことはあるが抗議はしていない」とする関電。ただ、放送後に「毎日放送の依頼を受けて」関電)、関電社員を講師に原子力の安全性に関する勉強会が開かれていた。

新聞も弱み

電力によるメディア対策が本格化するのは、原発立地が進むとともに、反対運動も生まれた70年代以降だ。報道機関はトラブルのたびに原発の安全性に関して追及、電力側は対応に追われた。
 
東京電力社長の木川田一隆は71年、元経済誌編集長の鈴木建を業界団体の電気事業連合会(電事連)の広報部長に送り込んだ。鈴木の自著によれば、‘原発のPRに利用できるメディアは当時主に週刊誌や経済誌だった。
  
「新聞やテレビなどの媒体はアレルギーが強かった」が、朝日新聞に74年、国の事業委発や電力会社の賛励金などを受け活勣する「日本原子力文化振興財団」の意見広告が掲載される。「放射能は、環境にどんな影響を与えるか」との見出しで放射線医学の専門家が登場した。

「原子力の広報は単なるPR費ではなく原発建設費の一部)と鈴木。経済部で電力担当だった朝日新聞OB志村嘉一郎は「オイルショツクで景気が悪かった。鈴木は、今度朝日に広告が出るぞと喜んでいた」と話す。意見広告は読売新聞などほかの全国紙にも広がる。

年間866億円
 
86年に発生した旧ソ連のチェルノブイリ事故は、食品汚染への不安から主婦や若者を原発反対に向かわせ進側のメディア対策も呼応するように練り上げられていく。
  
「制作現場の人間とのロビーづくりを考える。特定のテレビ局をシンパにするだけでも大きい意味がある「逆境の時こそマスコミにアプローチするチャンス」。

科学技術庁(当時)の委託で財団が91年にまとめた報告書「原子力PA方策の考え方」は赤裸々につづる。 

電力10社の有価証券報告書によると、マスコミ広告費のほか原発のPR施設の運営費などの経費も加えた「普及開発関係費」は、昨年度だけで計約866億円にのぼる。電事連の広告宣伝費は、過去5年平均で年約20億円という。 

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