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「誤った常識」と「想像力の欠如」

いよいよ民主党政権が始動することとなりました。実質的に半世紀ぶりの政権交代でもあるので、課題が山積していることは言うまでもないですが、まずは何と言っても民主党が公約に掲げた政策を実現し、日本に真の変化をもたらすことができるかどうかに注目が集まっていると思います。
 高速道路無料化は、2003年の総選挙から民主党が主張している主要政策ですが、依然として財源や渋滞を招くのではないかという懸念、CO2発生の増加による地球環境への影響などを理由に、無料化に反対する声が根強い様です。
 しかしこうした批判はいずれも的外れです。それはこうした批判がいずれも、「前提が間違っている」と思われるからです。
 まず、無料化が受益者負担の原則を壊し、ただでさえ火の車状態にある財政をさらに悪化させるのではないかとの懸念は、
 既に高速道路ユーザーは年間2兆3千億円の通行料金の他に、ガソリン税などを通じて年間2兆円にのぼる税金を支払っています。無料化に必要な財源は高速道路ユーザーの支払う税金で十分に賄えるため、一般国民の税金が投入されることは有りません。無料化こそ受益者負担の原則に戻ることであり、逆にガソリンで税金徴収した上に、高速道路ユーザーからも1キロあたり25円もの高い通行料金を徴収し、その二重取りしたお金で無駄な道路を作りつづけている現在の道路システムこそ、受益者負担の原則に反していると思われます。
 もともと日本では高速道路は無料でした。東名・名神高速の建設の際、建設に費やした借金の返済のために有料化されましたが、返済を終えたら無料に「戻す」約束でした。しかし、1972年に田中角栄首相により料金プール制が導入され、他の路線の建設に回すため永遠に通行料金を取り続けることが可能になってしまいました。その時初めて、高速道路は有料が当たり前になってしまいました。それ以来、二重取りした財源を道路に注ぎ込み続けた結果、今や日本の道路支出は、英仏独伊の欧州の主要4カ国の合計額に匹敵するほど莫大なものと成りました。日本は教育費や子育て支援費ではそれらの国々の足下にも及ばないにもかかわらず、こと道路だけは世界に冠たる超大国になってしまいました。
現在進行している民営化策では新たな借金で道路を作り続けるスキームが残されているため、無駄な道路は作られ続けることが可能であります。それをやめさせるには料金収入を断ち切るしかありません。つまり、無料化こそが有効な財政再建策になると思われます。
 無料化すると高速道路が渋滞するという懸念も、真っ向から否定できます。地方では、高速道路は料金が高過ぎるために、地域の人々はこれを気軽に利用できる状況には有りません。そのため、地方を走る高速はほとんどがガラガラで、むしろ周辺の一般道路が混雑しているのが実情です。
高速を無料にして一般道を走っている車を高速道路に乗せることで、高速も一般道も渋滞はなくなるはずです。
 麻生政権の経済対策で高速道路を1000円にした際に高速が大渋滞した問題は、そもそも行楽のピークの道路がもっとも混む時期に値下げを行ったことの影響であり、期間を限定しない無料化であれば、あのような事は起きません。
 また、環境面から懸念されるCO2排出量の増加についても、混雑する東京の首都高や大阪の阪神高速は無料化の対象から外れるため、交通量が増えることは有りません。地方では一般道から高速に車が移動するので、より燃費の高い走行が可能になるうえ、一般道の渋滞は解消されるので、むしろCO2は減るはずです。
 さまざまな批判や疑問が起きていますが、しかし、そもそもこれらの批判は大前提をあえて間違って提言していると思えます。
 財政負担についても、高速道路の無料にすることの経済効果は7兆8千億円もあり、道路の無料化による歳入の減少分を埋めて余りあるメリットが期待できますし、料金徴収が不要になれば、料金所が不要となるので出入り口を低コストで容易に増やせるようになります。
出口が増えれば、自動車の流れがもっとスムーズで快適なものとなり、高い料金のために無用の長物となっていた高速道路は地域の生活道路に生まれ変わり、多大な経済効果も見込めます。
 また、環境に対する懸念も、それは現在の内燃式のガソリンエンジン車を前提にした話であり、高速道路の無料化は車のエコ化を前提としなければ、意味のない議論で有ります。
高速道路の無料化論は単なる利益や便益の向上を目的としたものではなく、これまでの外需中心の工業化社会から、地域振興、農林水産業の発展、観光、教育の充実など、内需主導のポスト工業化社会へ移行することを前提とし、それを意図していると思われます。現在の体制を前提とした批判は、それ自体に全く意味が無いと思われます。
 日本がこれから豊かな先進国になっていくためには、工業化の象徴とも言うべき東京一極集中を解消し、人を分散させ、時間と空間にゆとりを持たせることが不可欠であり、そのようなグランドデザインを実現するために高速道路の無料化があると思われます。
 高速道路の無料化を実現する上での最大のハードルは、われわれ国民が無意識の間に受け入れてしまっています「誤った常識」と「想像力の欠如」と思えます。そもそも高速道路がタダになることは、本来であれば誰にとっても喜ばしいことであるはずです。にもかかわらず、多くの国民がそれに懸念を表し、反対までするのは、無料化で既得権益を失う道路官僚や道路政治家たちが、それがあたかも悪いことであるかのようなネガティブキャンペーンを張り、マスコミもそれを垂れ流ししてきたことにも一因が有ります。しかし、多くの国民が自分の頭で考えることをせずに、それを受け入れてしまっていることで、われわれ一人ひとりの中に「そんなことできるはずがない」とか「そんなうまい話があるはずがない」といった「常識の壁」ができてしまっています。それこそが、高速道路無料化の最大のハードルであり、すべての改革の障害で有ります。
ダムの見直しも、地位の声を聞けばほとんどが利害関係にあるので、いまさら中止できるはずが無いと声高々に叫ばれています。しかし現在の国家の財政と環境に対する負荷がどの様であるか検証しなければ、安易な感情論に耳を大きく傾けますと国家の進む進路を誤り、またもっともこれからの日本人にとって必要な「誤った常識」と「想像力の欠如」からは抜け出す事は出来ないと思われます。
一番大事な事はこれからの日本の為に「豊かな想像力」を養って行く事だと思います。

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